書籍・雑誌

2017年9月20日 (水)

川上弘美著『ぼくの死体をよろしくたのむ』を読む

ひさしぶりに小説の面白さを味わった。この人の作品をそれほど読んでいるわけではないが、作品全体から漂ってくる雰囲気が好きだ。削ぎ落とされた文体がいい。登場人物もみな不思議で魅力的だ。女性誌に連載されたものらしいが、表題の「ぼくの死体をよろしくたのむ」を含め18篇の短編集。もう一冊『猫を拾いに』もタイトルにひかれて読み始めた。

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2017年6月 5日 (月)

小川軽舟著『俳句と暮らす』を読む

毎日新聞を購読しているが、毎日俳壇の選者の一人が小川軽舟さんである。俳句欄に目を通すことなど以前はなかったが、五七五日記と称して川柳をはじめてから、気にかけるようになった。毎日俳壇の4人の選者のなかで、軽舟さんのセンスが私にはいちばんピッタリくる。その人が書き下ろした本である(中公新書)。奥付を見ると、軽舟さんは1961年生まれ、現役のサラリーマンでもある。俳句だけの世界の人ではない、そんな雰囲気が選句にも表れているように思え、現代性と親しみを感じている。

「俳句は忘れ去っていく日常の何でもない記憶を蘇らせてくれるものだ。……五七五に限定された言葉が直接指し示すものの情報量はわずかだが、それをきっかけに引き出される記憶の情報量は限りを知らない。」ホントにそう思う。十七音字の不思議な力を実感させてもらいました。軽妙な味わいがあり、読んでいて気持ちの良い本でした。 

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2017年3月22日 (水)

坪内捻典著『ヒマ道楽』を読む

川柳をはじめてから、俳人・坪内捻典さんの毎日新聞朝刊コラム「季語刻々 今昔」を愛読するようになった。毎日一句を採り上げ、その解釈がなかなかにユニークなのである。『ヒマ道楽』はそのネンテンさんの最新刊。あとがきによると、「ヒマとカタカナで書いているのは、この言葉に肯定的積極的な意味をもたせたいから」とある。新聞のコラム連載「モーロクのススメ」からまとめたもののようだが、飄々としたお人柄がにじみ出ていて、明るくて、ちょうど今ごろの時期の春うららのいい気分になる。

たとえばこんな文章。「定年退職して、ぐずぐずする余裕が十分に与えられる。それって、とてもいいことなのかも。若い時には時間的余裕がないので、ぐずぐずを中途半端にしてしまった。それが私の実感だが、この際、おおいにぐずぐすしてみたい」とか「若い人はいい。しなやかだし、つややかだ。足は速いし、よく食べる。老人もいい。つつましく、どっしりしている。足は遅いし、あまり食べない。若い人も老人もどっちもいいなあ。あっ、もしかしたら、若い人の中には老人がいる? 同じように老人の中には若い人がいる? うん、いるのだ、確かに。すてきな若い人は、自分の中に老人を住まわせている。魅力的な老人は、自分の内に若い人を抱え込んでいる。……」素敵でしょ。

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2016年5月 5日 (木)

村田沙耶香著『消滅世界』を読む

最近、人工知能AIartificial intelligence)という言葉をよく耳にする。先日の毎日新聞にもオランダの画家レンブラントの全作品346点を人工知能で詳細に解析して創作した肖像画が発表された。これは誰の作品ということになるのだろう。また人間のシェフが思いもつかないような65種類の創作レシピの料理本も発売された。それでも今回の熊本地震のような地震予知がいまだ的確にできない。想定外の自然には到底かなわないということか。人工知能が人間を超えるのはいるごろか、とその道の専門家にアンケートしたところ2040年~2050年頃という答えが一番多かったという。30年後どんな世の中になっているのだろう。

近未来ということで言えば、最近読んだ本、村田沙耶香さんの『消滅世界』がリアルな感じがした。人工授精で妊娠・出産するのが当たり前の世のなかで、その先に展開される世界を描いている。著者の言葉として「夫婦間のセックスがなくなる世界を書きはじめたら、恋愛や家族までどんどん消えて行った。物語の力に引きずられて、コントロールできなかった」と語っていて、興味をそそられた。ちょっとSF的だが、でもすでに身近な問題だ。主人公の女性は父と母が昔のスタイルで愛し合って生まれた稀な存在。母親はあなたもそうしなさい、とずっと言い続けている。友だちには自分がいわゆるセックスで生まれてきたとは言えないでいる。彼女は人とも人でないもの(キャラ)とも恋愛を繰り返して大人になって行く。結婚するが、結婚は安定のためで、夫婦間ではセックスのような不潔なことはしない。夫の科白「家の外は僕の恋と性欲で汚れている。家の中だけは清潔な僕でいられる。人生で一番大切なのは家族だよ」が示すように、家族を性的な目で見たり、恋愛の対象にしたりしない。お互い外に恋人を持つ。不倫や浮気を肯定してむしろ上手くいくようにお互いに応援する。

千葉に実験都市があって、そこには「家族」というシステムがない。毎年一回コンピュータで選ばれた住人が人工授精を受け、人口がコントロールされている。男性も希望すれば人工子宮を付けて受精できる。生まれた子供は15歳までセンターで管理される。ここに住む大人はすべての子供のお母さんになる。これが楽園エデンシステム」。主人公の夫婦は消滅しかかっている恋やセックスのまねごとを続けていたが、その限界に達し、恋のない世界に逃げようと千葉の実験都市にやってくる。そして夫が妊娠して、みんなのお母さんになって行く。主人公の母親は主人公に「あなたには愛し愛されて子どもを産むデータが残っている」というのだけれど…。

こんな物語だが、現に周りを見渡しても家族は崩壊して個の単位になりつつあるし、人工知能と共存していくとおそらくこの小説のような世界になるのではないか。男と女の関係は太古の昔から変わらないというけれど、人類の大きな転換期、危機? に晒されているように思えてくるのである。

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2016年3月14日 (月)

川本三郎著『東京抒情』を読む

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様々な雑誌に書いた「東京」についての文章がまとめられた一冊。「歩く東京」、「思い出の東京」、そして小説や映画、絵画などに「描かれた東京」。懐かしい東京の姿。とくに銀座については興味が尽きない。銀座界隈には数寄屋橋、京橋、三原橋、万年橋、新橋…、と橋があり、川が流れていた。アドバルーン、デパート、画廊、路地裏、そして映画黄金時代の銀座など。いいな、いいな、と読みすすむにつれ、歩くことの好きな著者は、東京の川沿いを荷風さんのように歩く。なかでも東京の西の川、残堀川を見つけた驚き、その川を辿る旅がいい。地図も入っていて歩きたくなる。以前、この人の『荷風好日』の文庫本を手に荒川放水路に沿って歩いたことがあった。

作家が住んだ町、小説の舞台も満載だ。たとえば「文士が体験した関東大震災」では、永井荷風、谷崎潤一郎、芥川龍之介、佐多稲子、林芙美子、井伏鱒二、北原白秋、菊池寛、そして映画監督の黒澤明などのエピソードが惜しげもなく出てくる。 この人の書く「荷風」が好きだ。この本にも荷風さんが頻繁に登場する。何だかとても得をした気分になった。

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2016年3月 7日 (月)

又吉直樹×堀本裕樹『芸人と俳人』を読む

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文芸誌「すばる」に2012年から2年間連載されたものの単行本化。お笑い芸人の又吉さん(昨2015年、『火花』で芥川賞を受賞、すでに作家先生だが)が俳人の堀本さんの弟子になって、俳句の手ほどきを受ける形。俳句は怖いけど面白いという又吉さんを相手に、俳句の基本、俳句との親しみ方、句作、そして句会、選句、吟行までを丁寧に解説・実践していく。対談形式の堀本さんの進め方がうまいため、又吉さんの持ち味がよく出ている。

近ごろ私も、五七五日記と名付けた俳句でも川柳でもない17字文を作っているので、ド素人に参考になることがずいぶんあって面白かった。メモしたこといくつか。 ・歳時記を引きまくれ。季語の本意と本情を理解する。 ・朝顔の紺の彼方の月日かな(動詞を節約する 三大切字「や」「かな」「なり」) ・すべて理解できる俳句は魅力がない。違う読み解きがあるんじゃないかという句は光る。 ・ランボーを五行とびこす恋猫や 寺山修司 ・吟行はその日だけで終わらない  ・上田五千石 まねぶ 真似して学ぶ  ・型の中で自在になる。

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2015年12月27日 (日)

内田洋子著『イタリアのしっぽ』『皿の中に、イタリア』を読む

この人の本は『ジーノの家』『ミラノの太陽、シチリアの月』『カテリーナの旅支度』を読んだ。イタリアに根を下ろし、さまざまな種類のイタリア人との交流を描く。日常生活を通して彼らの生き方を鋭く優しく受けとめる著者の目がいつも面白い。とくに代々つづく家柄とか金持ちの暮らしぶりなどふつうには知り得ないイタリアの奥深さも垣間見られる楽しさ。

 

『イタリアのしっぽ』は動物をテーマにした連載エッセイを一冊にまとめたもので、犬や猫やエトセトラが必ずチラッと出てくる。無理にこじつけているなと思えるところもあって、そこらへんがつまらないのは確か。またネタ探しにあちこち動き回っているようでたいへんだなという感じも伝わってきたりする。一方『皿の中に、』の一冊は食にまつわる話の連載をまとめたもの。プーリアやサルデーニャ、リグリアなどの地方料理やマンマの味、漁師のおすすめ料理、イワシを200匹も揚げたダイナミックな話など。動物の話より、こちらのほうが断然いきいきしている。たしかに「食べることは生きることだ」。いずれにせよ読みはじめると瞬く間に内田洋子の世界に浸れる楽しみがある。つぎは『どうしようもないのに、好き』を読む予定。

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2015年12月 1日 (火)

ミランダ・ジュライ著『あなたを選んでくれるもの』を読む

Img003_551x800この類の本、とくにアメリカの翻訳本は滅多に読まないのだが、図書館から借りて読んだ。たぶん新聞の書評を読んですぐ予約したのだと思う。9月に予約したから2カ月待ち。奥付を見ると8月25日発行で9月20日に2刷とあるから読まれている本である。著者はパフォーマンスアーティスト、ミュージシャン、作家、女優、そして映画をつくったり、脚本を書いたり、とマルチに活躍している人のようだ。

 

本書は脚本執筆に行き詰まった著者がいつも愛読しているフリーペーパーの「売ります」の広告内容にひらめき、そこに広告を出している未知の人物に次々と会いに行くという、そのインタビュー集である。もちろん、取材依頼の電話をかけてもたいていは断られたと言うから、ここに登場する10人は選ばれた人たちだ。さすがアメリカ、なんでもありで強烈な個性の人たち。彼らのポートレイト、売りに出した品物、部屋の様子などの写真も掲載されていて、バタ臭さが漂ってくる。黒革ジャケット10ドル、ウシガエルのオタマジャクシ1匹2ドル50セント、写真アルバム1冊10ドル、コンエア社のドライヤー5ドル、クリスマスカードの表紙部分のみ50枚1ドル……。ミランダの柔らかな感性がそれぞれの人生を見事に引き出していく。そしてネット社会に身を置いていた彼女が会うはずもなかった生の人物、現実に接していくさまは映画のように面白い。岸本佐知子さんの翻訳がすてきなせいもある。

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2015年9月28日 (月)

老い方上手は、金持ちより、人持ち

『老い方上手』という本を読んだ。5人の女性がそれぞれの専門分野から語っている。樋口恵子「ビンボーばあさんにならないために」、大熊由紀子「認知症400万人時代、あなたは? パートナーは? ご両親は? 」、上野千鶴子「在宅ひとり死は可能か? 」、会田薫子「延命医療とは何か―肯定できる人生のために―」、井上治代「自分らしい葬送を選ぶ」。

なかでも私は上野千鶴子氏の「在宅ひとり死は可能か」に共鳴した。在宅で死ねる条件は①本人の強い意志 ②愛のある同居家族 ③地域に利用可能な介護・医療資源がある ④お金。家族がいない場合は24時間対応の在宅介護・看護・医療。終末期でも日に4回深夜も入れて6回来てもらえれば、寝たきりでも独居でいられる。在宅死の抵抗勢力はじつは家族。入所は家族の希望。本人の希望だとしてもそれは家族に配慮したもの。施設入りは家族の安心のためのサービス。末期の費用は月額50万×6か月。36万までは介護保険が使えるので、1割の3.6万+14万=17.6万円。トータルライフ(デス)マネジメント(親しい友人、親族、ケアマネジャー、介護士、看護師、医師、弁護士、税理士、成人後見人、葬儀業者)で情報を共有する。誰かが独占するとロクなことがない。金持ちより人持ちに。

私(上野)は最近、在宅死の条件は「本人の強い意志」と思わなくなった。病院や施設に行くことこそ、自分の生活が変わるので大決心が必要。在宅ひとり死に決断はいらない。キーワードはぐずぐずとだましだまし。

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2015年8月21日 (金)

西村匡史著『悲しみを抱きしめて 御巣鷹・日航機墜落事故の30年』を読む

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812日。520名の命を奪った衝撃の事故から30年。愛する家族をとつぜん失った遺族はどんな思いでこの30年を生きてこられたのか。30年という時の流れをまず思います。悲しみを抱きしめて…という表現、ほんとにそう、悲しみを抱きしめながら、多くの人たちと支え合って、前に進んでこられたのだと思います。30年という時を経て、はじめて表現できたこともあったことでしょう。

 

事故当時8歳だった著者の西村匡史氏はTBSテレビ報道局記者となり、18年後に墜落現場を取材。その後、氏はプライベートにも慰霊登山をつづけ、何人かの遺族と親しく交流するまでになりました。その人たちの心の底にある想いを丁寧に掬いあげてまとめたのが本書です。そして遺族のみならず、墜落現場となった上野村の村長や村人の献身的な働き。加害者側である日航社員と遺族のあいだに芽生えた温かい交流がいまも続いていることなども紹介しています。

また遺族が立ち上げた8.12連絡会の在り方も注目に値します。その後の事故の遺族会のモデルとされている大きな要因は会を補償問題の窓口にしなかったこと、事故を刑事責任として追及するのではなく、このような悲劇が二度と起きないようにと原因究明に力を注いだことでしょう。

事故後30年の真実を精魂込めてとらえた著者の姿勢が読後感を爽やかなものにしています。

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