映画・テレビ

2018年7月20日 (金)

古い映画を3本観る

ユーチューブで小津安二郎の「早春」(1956年)と「秋日和」(1960年)、そして野村芳太郎の「砂の器」を観た。「早春」はスペイン語、「秋日和」は英語、「砂の器」は中国語のそれぞれ字幕付きだった。「早春」という作品は知らなかった。戦後のようやく活気を取り戻した東京に暮らすサラリーマンの日々、家族のあり方。池部良、淡島千景、岸恵子、笠智衆、東野英二郎、杉村春子、宮口精二、中村伸郎、山村聰、長岡輝子、と錚々たる顔ぶれ。主演の池部良と岸恵子は唯一の小津作品とか。「秋日和」はよかった。日常の何気ない会話だけで成り立っている。英訳も当然シンプル。外国人に人気があるのはそんな点にもあるのではないか。前にも書いた気がするが、原節子の笑い方がとても気になる。好きになれない。小津安二郎は気にならなかったのだろうか。不思議である。

「砂の器」は松本清張原作だけあって、ストーリー展開も見応え十分だった。ベテラン刑事役の丹波哲郎と若い森田健作のコンビがいい。先日亡くなった加藤剛が作曲家役。美男すぎた。何といっても風景の映像がいい。田園を走る列車、厳しい自然のなかを放浪する父子。映画は見はじめるとクセになる。続けてみてしまう。

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2018年6月25日 (月)

「万引き家族」を観る

カンヌ映画祭のパルムドール賞を取った作品がどんなものか観ておこうと思った。是枝監督は当初、地味なタイトルを考えていたらしいが、「万引き家族」というタイトルはインパクトがあって、興行成績にも結びついていると思う。冒頭から万引き場面。見ていてしんどかった。気が重くなった。血縁じゃない者同士の奇妙な家族の心のふれあい。でもカラっと明るく暮らす家族。そしてあることからバラバラになっていく家族。うーん、家族って何だろう、と考えさせられた。わたしたちは「家族」という言葉をふつうに使っているけれど、もはや中身は意味をなしていないのではないかと。そういえばこのブログ名も「猫天家族」でした。

川上弘美の『水声』を読んだ。文章がいい。こちらも奇妙だが、ある意味家族とは、きずなとはを考えさせる話だ。

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2018年6月16日 (土)

「妻よ薔薇のように 家族はつらいよⅢ」を観る

「万引き家族」にするか迷ったが、とりあえずこちらを観ることにした。前二作も観ている。寅さんと同じでなんとなくクセになる。それぞれの役どころの息がぴったりで見ていて心地よい。今回は主婦の立場について。説明的でくどいところもあったが、涙あり笑いありで面白かった。最後は看護師の嫁さんが妊娠? で終わり。次作への余韻を残した。

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2018年6月10日 (日)

「モリのいる場所」を観る

期待していたせいか、それほどでもなかった。喜劇風。モリを演じた山崎努がどうもしっくりこなかった。最後までこれは山崎努が演じていると意識させられたせいか。小さな生き物のアップと音楽はよかった。銀座のシネスイッチに行ったら行列ができていて驚いた。この手のものに群がる元気なおばさんたちがほとんど。わたしもそのひとりだが。

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2018年4月 3日 (火)

桜守り

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けさ4時からのラジオ深夜便を聞いていたら、桜守りの森田さんという人のお話しだった。先日、吉永小百合主演の「北の桜守り」という映画を観たばかりで、桜の木の腐食した部分に墨と糊を混ぜたものを主人公が懸命に塗る場面があった。1970年代はまだよい薬がなく、墨と糊で治療していたのだなと眺めていたが、その映画の桜守りの指導をされたのが森田さんだった。吉永さんに会って最初はドギマギだったが、質問攻めの熱心さにさすが大女優と思ったとのこと。

今年の桜・染井吉野は足早にやってきて、去っていった。29日、千鳥ヶ淵の桜は満満開、たくさんの人だった。咲く時期を少しずらして楽しめる天龍峡の八重桜街道は今が満開のよう。ここをつくったのも森田さんとのこと。そういえば、福島三春の滝桜の子孫を分けてもらったハルさんの桜はどうなったかしら。

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2018年3月 1日 (木)

映画「祈りの幕が下りる時」を観る

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この手の日本映画はほとんど見ないので、何とも言い難いが、可もなく不可もないテレビドラマを見ている感じだった。只券があったので観た。阿部寛が主演。この人イケメンだけど、シリアスなものよりもコメディタッチが似合う気がする。予告編が何本か映されたが、阿部寛さんが出る映画の多いこと。ずいぶん活躍しているのですね。日本橋界隈と川からの風景がよかった。

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2017年8月 6日 (日)

「東京物語」「晩春」を観る

小津安二郎が観たくなってユーチューブで観た。「東京物語」は1953年、「晩春」は1949年の制作。敗戦間もない復興に懸命な東京が映し出される。かつては目が届かなかった風景が面白かった。銀座4丁目の和光が両方に出てきた。コカ・コーラの看板も。「東京物語」で両親が住む尾道の瓦屋根が続く景色がよかった。「晩春」の鎌倉、京都もいい。

原節子はたしかに美しいが、なぜあんなにいつも笑っているのだろう。微笑んでいるというよりもニタニタした感じがあってちょっと引けた。宿で父と娘が一つ部屋で枕を並べて寝る場面は、外国人には驚きだろう。日本語がいまよりは美しかった。

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2017年7月12日 (水)

映画「世界でいちばん美しい村」を観る

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上映後に、監督の石川梵氏が壇上に立った。映画のタイトルがなぜ「世界でいちばん美しい村」なのか、ご覧になってお分かりいただけたと思うが…、とまず話されたが、まさにその通り、納得しました。

2015425日にネパールを襲ったマグニチュード7.8の大地震。その震源地に近い丘陵地帯のラプラック村に写真家でジャーナリストの石川さんは真っ先に飛んだ。そこで目にしたのは悲惨すぎる光景だったけれど、そこに暮らす幼な子から若者、そして年長者にいたるまで、ひとりひとりが信仰厚く、まるでひとつの家族のように助け合い、慈しみ合って生きている姿に感動。石川さんはドキュメンタリーとして映画化する決心をした。映画監督としての初作品。

昔むかしの日本人もこのように美しく生きていたのではないかという思いがひしひしとした。残念ながら私たちが失ってしまった敬虔な祈りを見たように思う。少女の純真な笑顔に魅せられていく。

ヒマラヤ山脈の聖なる山、ブッタヒマールの神々しい姿を石川監督は最初から最後まで、何度も登場させたが、その自然の威容、祈らずにいられない神々しい姿が村人の信仰の象徴のように映しだされる。大地震の前年に私も初めてネパールに行ったが、ヒマラヤ山脈の美しさに畏怖の念を抱かずにいられなかったことを思い出す。たくさんの人に見てほしい映画です。 (ポレポレ東中野で78日~721日まで)

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石川梵さんの活動については、詳しくは下記ホームページをご覧ください。

http://himalaya-laprak.com/special/activity/792/

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2017年2月27日 (月)

ヴィスコンティの「家族の肖像」を観る

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39年ぶりにスクリーンに甦る、デジタル完全修復版、とチラシにある。この映画を最初に観たのは、たしか新宿の武蔵野館だった。ヴィスコンティのことは当時パリに住む浜口画伯から「ベニスに死す」のことなど教えてもらっていた。高校生の時に「若者のすべて」を観ているが、ヴィスコンティという意識はなく、たぶんアランドロンが出ているので観たのだろう。今回「家族の肖像」を観て、思い出す場面がいくつかあったが、30数年の歳月の隔たりによって、受けとめ方がずいぶん違うものだと改めて思う。私自身が年を取ったせいか、老教授の生と死のはざまで揺らぐ複雑な心境がとてもよくわかる気がした。「山猫」の公爵、「ベニスに死す」の作曲家にも一脈通じるものがあるように思う。美に生きた人たち。舞台劇のように終始室内だけで展開。窓からの景色で辛うじてローマだとわかる。このすべてがセットだと知って驚いた。岩波ホールで。

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2017年2月 3日 (金)

映画「人生 フルーツ」を観る

建築家の津端修一さん(90歳)、英子さん(87歳)ご夫妻の日常を追った東海テレビのドキュメンタリー作品。おふたり合わせて177歳なのに、野良仕事をして、自ら育てたおいしいものを食べて、年をとっても生きる工夫がいっぱいの理想の生き方、すてきな映画でした。

「風が吹けば 枯葉が落ちる 枯葉が落ちれば 土地が肥える 土地が肥えれば 果実が実る こつこつ ゆっくり 人生 フルーツ」というナレーションが映画のなかで何度も流れました。

津端さんは東大卒業後、建築設計事務所を経て、1960年代に日本住宅公団のエースとして団地などの都市計画に携わってきましたが、自然との共生を目指した津端さんのプランは経済優先の時代に受け入れられず、彼はそうした方向に距離を置くようになります。そして関わった春日井市の高蔵寺ニュータウンの一隅に300坪の土地を買い、土を耕し野菜や果物を育て、雑木林を作って、いわばスローライフを夫婦で50年、実践してきたのです。

その暮らしぶりがみごとです。

そうしたある日、90歳の津端さんに見ず知らずの人から仕事が舞い込みます。津端さんの思想に共鳴する九州の精神科を経営するドクターからの病院の設計です。津端さんはすぐに図面を描き、仕事はとんとん拍子に進んでいきます。津端さんはこんないい仕事をさせてもらい嬉しい、お金はいりませんときっぱり言います。

そして映画の撮影中に、津端さんが昼寝から覚めず、亡くなったことも克明に写していきます。幸せな最期ですね。そして英子さんは……。映画の反響が大きいので2月半ばまで上映が延長されるとのことでした。ポレポレ東中野で。

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