映画・テレビ

2017年2月27日 (月)

ヴィスコンティの「家族の肖像」を観る

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39年ぶりにスクリーンに甦る、デジタル完全修復版、とチラシにある。この映画を最初に観たのは、たしか新宿の武蔵野館だった。ヴィスコンティのことは当時パリに住む浜口画伯から「ベニスに死す」のことなど教えてもらっていた。高校生の時に「若者のすべて」を観ているが、ヴィスコンティという意識はなく、たぶんアランドロンが出ているので観たのだろう。今回「家族の肖像」を観て、思い出す場面がいくつかあったが、30数年の歳月の隔たりによって、受けとめ方がずいぶん違うものだと改めて思う。私自身が年を取ったせいか、老教授の生と死のはざまで揺らぐ複雑な心境がとてもよくわかる気がした。「山猫」の公爵、「ベニスに死す」の作曲家にも一脈通じるものがあるように思う。美に生きた人たち。舞台劇のように終始室内だけで展開。窓からの景色で辛うじてローマだとわかる。このすべてがセットだと知って驚いた。岩波ホールで。

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2017年2月 3日 (金)

映画「人生 フルーツ」を観る

建築家の津端修一さん(90歳)、英子さん(87歳)ご夫妻の日常を追った東海テレビのドキュメンタリー作品。おふたり合わせて177歳なのに、野良仕事をして、自ら育てたおいしいものを食べて、年をとっても生きる工夫がいっぱいの理想の生き方、すてきな映画でした。

「風が吹けば 枯葉が落ちる 枯葉が落ちれば 土地が肥える 土地が肥えれば 果実が実る こつこつ ゆっくり 人生 フルーツ」というナレーションが映画のなかで何度も流れました。

津端さんは東大卒業後、建築設計事務所を経て、1960年代に日本住宅公団のエースとして団地などの都市計画に携わってきましたが、自然との共生を目指した津端さんのプランは経済優先の時代に受け入れられず、彼はそうした方向に距離を置くようになります。そして関わった春日井市の高蔵寺ニュータウンの一隅に300坪の土地を買い、土を耕し野菜や果物を育て、雑木林を作って、いわばスローライフを夫婦で50年、実践してきたのです。

その暮らしぶりがみごとです。

そうしたある日、90歳の津端さんに見ず知らずの人から仕事が舞い込みます。津端さんの思想に共鳴する九州の精神科を経営するドクターからの病院の設計です。津端さんはすぐに図面を描き、仕事はとんとん拍子に進んでいきます。津端さんはこんないい仕事をさせてもらい嬉しい、お金はいりませんときっぱり言います。

そして映画の撮影中に、津端さんが昼寝から覚めず、亡くなったことも克明に写していきます。幸せな最期ですね。そして英子さんは……。映画の反響が大きいので2月半ばまで上映が延長されるとのことでした。ポレポレ東中野で。

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2016年10月11日 (火)

映画「築地ワンダーランド」を観る

移転問題で何かと話題になっている築地市場だが、この映画はそのことと直接関係はない。でも築地はいまや外国人観光客の人気スポットだけに注目される映画だろう。築地市場の夜朝昼を、四季を通して追ったドキュメンタリーだ。漁師がいて、卸業者がいて、仲卸から料理店や消費者へ。築地の仕事に携わるそれぞれの人たちの魚に対する愛情、そして当然かもしれないが、魚を知り尽くしているプロ精神には圧倒された。

 

101日、1日だけの先行公開日に東劇で観たのだけれど、上映の前にプロデューサーや監督、出演した市場関係者らが舞台挨拶をした。食評論家の山本益博さんが築地には蠅一匹いない、と強調したのが印象的だった。最初は邪魔者扱いされた撮影スタッフも、日を追うごとに仲間として受け入れてもらえたのが一番うれしかったと、監督・脚本・編集の遠藤尚太郎氏。築地は早朝から始まるのかと思ったら、夜の11時には動きだすことを知ったし、とにかく関係者の魚への愛情に心打たれた。市場のみんないい顔をしている。数寄屋橋次郎のおやじさんも画面にちらっとでてきた。息子さんがすっかり跡を継いでいる風情で、時代が変わったことを感じた。

 

全体にテンポがちょっと速くて慌ただしい感じがしたけれど、見て損のない映画だった。映画館をでたところで、テレビ局のインタビューにつかまったけど、ノーコメント。たぶん豊洲移転と関連づけて聞きたかったのだろう。そのあと有楽町の魚が売りの居酒屋で飲むことにしていたけど、映画でいい魚を眺めたせいか、刺身の盛り合わせにちょっとがっかり。ま、値段が値段だから仕方ないか。

 

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2016年9月12日 (月)

映画「ラサへの歩き方 祈りの2400km」を観る

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どうして人はこんなにやさしくなれるのだろう、信仰をもつとはこういうことか、としみじみ思った。いい映画だった。チラシに「祈る。歩く。眠る。笑う。シンプルに生きるよろこびが見えてくる。」とある。チベットマルカム県ブラ村。死ぬ前にラサへ巡礼に行きたいという叔父の願いを叶えようとする男に、うちの誰それも連れてってくれ、お前も一緒に行ってきなさい、と、若者、妊婦、女児も加わった老若男女11人の村人が聖地ラサへと出発する。

 

途中産気づいた妊婦が最寄りの病院で出産すると、この子はなんと幸運なのかと皆に祝福される。五体投地をしながら歩く国道をトラックが頻繁に行き来する。彼らの所持品であるテントを支える丸太やストーブ、夜具、食料などを積んだ幌付きのトラクター? が、前方から来た乗用車に追突されて破損しても、怒ることなく、男たちが力を合わせて次の町まで車を手押ししていく。吹雪のなか、菜の花畑のなか。夜は寝る前にテントの中で皆で声を合わせて祈る。女の子が可愛い。大人と一緒になって五体投地をし、テントを張る手伝いをし、水汲みなどを黙々とする。

 

この映画はドキュメンタリーではないけれど、出演しているのは実際の村人たちとのこと。そしてクライマックスは念願だったらラサへの巡礼が叶い、先頭をマニ車を回しながら歩いていた叔父が、テントの中で安らかに死んでいたこと。これも幸運だったと皆が言い合う。生と死が日常の中に自然にある。信仰ということを考えさせてもらった映画でした。渋谷のシアター・イメージフォーラムで。

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2016年8月 5日 (金)

是枝祐和監督の「いしぶみ」を観る

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「ピロスマニ」を観たときに予告編を観て、この映画のことを知った。1969年に広島テレビが制作したもののリメイク版だそう。194586日午前815分原爆投下。爆心地に近いところで勤労動員として作業中だった広島第二中学321人のその時。女優の綾瀬はるかが感情を抑えた、しかし強い声で一人一人の名前を挙げ、ドキュメントを朗読する。私は声にこだわる方で、声がダメな人、特に男の人の場合はそれだけでアウト。この女優さんの声がよかった。木箱を使った画面演出もよかった。池上彰のインタビューに出てきた70代半ばの女性の話は身に堪えた。もしあの時××だったらの思いをずっと背負って生きてこられたのだろう、戦後71年にしてようやく語ることができたのだろう。井上ひさしの「父と暮らせば」を想った。もうすぐその日がやってくる。8月2日ポレポレ東中野で。

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2016年7月 5日 (火)

映画「放浪の画家ピロスマニ」を観る

Img006 絵をみているような美しいシーンの連続で、最後までうっとりと眺めた。この映画は19世紀後半のグルジア(現・ジョージア。トルコの北、黒海の東岸に面した国)の画家ピロスマニ(1862-1918)の半生を描いたもの。ギオルギ・シェンゲラヤ監督が1969年に制作、日本では1978年に劇場公開され(私は知らなかった)、今回はデジタルリマスター・グルジア語オリジナル版として、37年ぶりに日本再上映となったのだそう。

ストーリーはともかく、しっとりした風合いとノスタルジックな画面が強烈な印象として残ります。なかでも味のある木造りの建物や居酒屋の佇まい、伝統的な身なり、人々の暮らしぶりがなんともいい。どこの居酒屋の壁面にもピロスマニの絵が飾ってある。店の看板も描いた。

動物を好んで描き、キリンや牛の澄んだ目がじっとこちらを見据える。そして庶民の日常を様々に描いた絵はアンリ・ルソーのような素朴な味わい。ピロスマニは国民的画家として人々に愛されながらも、自身は生き方が下手だったために孤高の生涯を終えてしまう。

映画の宣伝チラシに「私の絵はグルジアには必要ない。なぜならピロスマニがいるから」というピカソの言葉が載っていた。いい映画でした。ポレポレ東中野で。

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2016年6月26日 (日)

「マイケル・ムーアの世界侵略のススメ」を観る

2001 アメリカのジャーナリスト・ドキュメンタリー映画監督のマイケル・ムーアの最新作。ベトナム戦争はじめ侵略戦争が良い結果をもたらさなかったアメリカの国防省に代わって、ムーアが新たな「侵略者」となってヨーロッパに飛び、各国から驚きの常識、アイディアを持ち帰る作戦。

 

まずはイタリア。ランチタイムは2時間。1年間に8週間の有給休暇があり、消化できなければ翌年に持ち越せる。イタリア人はみんなセックスした後のような顔をしている、というムーアの感想が可笑しかった。フランスの小学校の給食はデザート付きのフルコース。しかも陶器の食器を使っている。子どもたちにアメリカのランチ画像をみせると、食べ物じゃない、気持ち悪い、と。ま、ここまでは普通の常識としてさほど驚かなかったが、たとえば、宿題がないのに学力世界一のフィンランドの教育法、麻薬を非犯罪化したポルトガル、時間外、休日に上司が部下にメールするのは違法のドイツ、自分の部屋の鍵は自分で管理するノルウェーの快適な刑務所。アイスランドの女性の活躍はなんと男女平等ランキングで6年連続世界一(日本は142か国中104位)など、ウソ―!ホント?という信じられないことばかり。

 

なかでも考えさせられたのは、麻薬使用は10年前に非犯罪としたポルトガル。重症の薬物乱用者は刑務所に入れる代わりに教育、予防、治療を提供。その結果、逆に若者の薬物使用が減少したという。ムーアがインタビューした担当官自身が薬物を使っていると堂々と発言。一方、アメリカは納税者の税金1兆ドルを使って世界一投獄者の多い国にしてしまったけど。

そしてアイスランドの女性の力。リーマンショックの時、健全だった銀行は女性がトップの1行だけ。国は銀行家を救済せず、納税者を保護。以後、他行もトップを女性に。アメリカもリーマンブラザーズではなく、シスターズだったら破たんしなかっただろうにと。

9か国の取材先で、ムーアはお手本はアメリカですよ、と何度か言われる。そうか、侵略者とならずとも、アメリカ国内の落とし物係に聞けばよかったというのがオチ。以前のムーアに比べて毒がなく、どうしたの? という感想もあるようだけど、私は面白かった。

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2016年5月22日 (日)

エルマンノ・オルミの「緑はよみがえる」を観る

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あの「木靴の樹」のエルマンノ・オルミ監督の最新作。オルミ監督が父親から聞いていた戦争の話を映像化した。
1917年冬、第一次世界大戦さなかに体験した実話。とはいっても派手な戦いが描かれるわけではない。ほとんどが厳寒の過酷な環境の塹壕の中で繰り広げられる兵士たちの日々だ。暗い画面がずっと続く。芝居の舞台のよう。

死と背中合わせの兵士たち、生きて帰還しても、あとは死を引きずって生きることになる彼ら。唯一の楽しみは家族や恋人からの手紙だけ。なぜ人間同士がむごい戦いをするのか。

自然には緑の季節が必ず訪れるように、人の世界にもそんな日がよみがえるのか。生死の際におかれた時の信仰の力を感じさせられた。戦争を美化も誇張もなく描いて見せたところは井上ひさしの「父と暮らせば」に共通したものを感じた。

 

オルミ監督の映画は40年近く前に「木靴の樹」、数年前のイタリア映画祭で「ポー川のひかり」を観ているが、忘れることのできない場面が多い。「木靴の樹」の豚や鶏を処理する場面、「ポー川のひかり」の散乱した夥しい古書すべてに釘が打ちつけてある場面など。今回の映画では冬の美しい山と満月。そこに響く歌。岩波ホールで。

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2016年4月 2日 (土)

映画「家族はつらいよ」を観る

Photo前にこの映画と同じスタッフの「東京家族」を観ているが、いい映画だった。「家族はつらいよ」は笑いと涙がさらにプラスされた喜劇仕立て。バラバラになりそうな危うい家族。遠慮なく言い争う家族がコミカルに描かれる。親の離婚騒動で家族会議がもたれ、同居の長男夫婦とやってきた長女夫婦、そして次男が喧々諤々。偶然居合わせた次男の恋人がその様子に「何でもいい合える家族がうらやましい」と。ほろりとさせる場面だ。さらに別の場面でも、妻から離婚を迫られた父親に対して「生意気なことを言いますが…」と断って、「思っている大事なことは言葉にしなければダメ」、と強く言う。こうして離婚騒動は…。

これから結婚して家族になろうとするこの若いカップルを妻夫木聡と蒼井優が演じているが、シリアスないい味を出している。そして家族としての犬も。山田洋次は人生の機微を捉えるのが実に上手いですね。

 

小津安二郎の「東京物語」がテレビ画面にオマージュのように映され、最後の「終」の画面でこの映画も幕を下ろす。寅さんシリーズのようになり得るか。山田洋次さんにもうしばらく頑張っていただいて、この家族の姿をあと何度かは見たいものです。(ユナイテッド・シネマとしまえんで)

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2016年3月28日 (月)

ナンニ・モレッティの「母よ!」を観る

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渋谷の人混みに圧倒されて、おそらく映画館も混んでいるかも、と行ってみたら、土曜日の午後なのに場内は10人いるかいないか。驚きました。

親の終末期をどう迎え、支えるか。自分の生き方は…。主役の女性映画監督を演じるのはマルゲリータ・ブイ。ナンニ・モレッティはその兄の役どころ。母の介護で仕事や生活を変えざるを得なくなったふたり。兄は仕事をやめ、妹は恋人と別れる。高齢社会が抱える問題は身につまされる。冷静沈着な兄。一方撮影現場と病院を行き来するマルゲリータは仕事や母と娘の間でも齟齬が生じ、自分自身に苛立つ。モレッティはこの主人公に自分のメッセージを色濃く反映させているようだ。

画面は現実から過去へ、夢のなかへ、と移って戸惑うが、それは彼女の心の中に折々に浮かび上がる思いだということが、しだいに観る者にも伝わってくる。ハリウッドからやってきたジョン・タトゥーロ演じる俳優役が異質な波長を醸し出して、そこがいかにもナンニ・モレッティ的で、暗い内容になりがちなところにユーモアとメリハリをつくっている。

ラテン語の教師をしていた母親が病床のベッドで子や孫を静かに見守る優しさがすばらしい。母の死後、教え子が「あなたのお母さんは私たちにとってもお母さんだった」と語る場面には思わず涙した。とにかくマルゲリータ・ブイの演技が抜群。(ル・シネマで)

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