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2017年3月

2017年3月24日 (金)

「動物集合」展、「茶碗の中の宇宙」展を観る

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動物をモチーフとした工芸品を集めた、とてもいい展覧会でした。開館早々だったせいもあって観客は私一人という贅沢。しかも65歳以上は無料。いいな、いいな、と一つひとつの作品をじっくり味わいました。とくに今回の発見は蒔絵の美しさ。蒔絵は機会あるごとに見ているはずですが、漆に金銀を使って装飾した古い技法にあまり魅力を感じませんでした。こちらの年齢のせいもあるのかしら、松田権六をはじめとする蒔絵の飾箱などを今回ほど感心して眺めたのは初めて。

チラシにある大塚茂吉の作品、陶器の猫は、わたしの猫句の最新作「耳を立て尻尾を巻いて聴くバッハ」にぴったりでうれしくなりました。東京国立近代美術館工芸館で。

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そしてちょっと歩いて、本命の近美の「茶碗の中の宇宙」展を観たのですが、こちらにはさすがに結構な人だかりが。楽家一子相伝の芸術ということで、16世紀の初代長次郎の作品から現代の吉左衛門までたっぷりの品数。光悦の茶碗を眺めていると、それを愛で、使った人たちのドラマ、息遣いまでが伝わってくるようで、ドキドキします。展示の照明が暗くて目が慣れるまでちょっと時間がかかりました。この展覧会はアメリカ、ロシアで好評を博した凱旋展とか。両展覧会とも521日まで。

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2017年3月22日 (水)

坪内捻典著『ヒマ道楽』を読む

川柳をはじめてから、俳人・坪内捻典さんの毎日新聞朝刊コラム「季語刻々 今昔」を愛読するようになった。毎日一句を採り上げ、その解釈がなかなかにユニークなのである。『ヒマ道楽』はそのネンテンさんの最新刊。あとがきによると、「ヒマとカタカナで書いているのは、この言葉に肯定的積極的な意味をもたせたいから」とある。新聞のコラム連載「モーロクのススメ」からまとめたもののようだが、飄々としたお人柄がにじみ出ていて、明るくて、ちょうど今ごろの時期の春うららのいい気分になる。

たとえばこんな文章。「定年退職して、ぐずぐずする余裕が十分に与えられる。それって、とてもいいことなのかも。若い時には時間的余裕がないので、ぐずぐずを中途半端にしてしまった。それが私の実感だが、この際、おおいにぐずぐすしてみたい」とか「若い人はいい。しなやかだし、つややかだ。足は速いし、よく食べる。老人もいい。つつましく、どっしりしている。足は遅いし、あまり食べない。若い人も老人もどっちもいいなあ。あっ、もしかしたら、若い人の中には老人がいる? 同じように老人の中には若い人がいる? うん、いるのだ、確かに。すてきな若い人は、自分の中に老人を住まわせている。魅力的な老人は、自分の内に若い人を抱え込んでいる。……」素敵でしょ。

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2017年3月20日 (月)

なぜ、おかあさん、なのか

外出先で2回も「おかあさん」と呼ばれ、びっくりした。私は結婚していないし、子どももいないので、「おかあさん」と呼ばれたことはない。たまに「奥さん」とは呼ばれるが。

病院に見舞いに行き、受付で記入していたら、「おかあさん、そこにあるマスクをしてくださいね」と男性職員に言われた。へぇ―、おかあさんなんだ、と思った。

帰り道、駅のエスカレーターで後ろから「おかあさん」と呼ばれた。えっ、またもわたしのことか? と振り返ると、「おかあさん、すてきな靴履いてますね」と知らないおじさんが言う。自分では気に入っていないスニーカーを履いていたのだけれど、「ありがとうございます」と返事をすると、「いい靴ですね、がんばってください」と。たぶんこのおじさんが欲しいと思っているスニーカーに近いものだったせいなのだろうし、がんばって、というのは白髪のおばさんがスニーカーを履いていたからだろう。

ところで、なぜ「おかあさん」なのか。女性を呼ぶのに「奥さん」「おばあさん」「おばさん」「おねえさん」などあるけど、日本にはひと言ですむ適当な呼び名がない。わが家にはコトンかあさん、と呼ばれる猫がいるが、コトンはれっきとしたおかあさんだから、矛盾はないけれど。

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鳶職という仕事

鳶職って、カッコいい仕事だなと昔から漠然と思っていた。その鳶職の人の話を聞く機会があった。多湖弘明さん、昔気質の江戸っ子職人という私の増殖したイメージとはずいぶんかけ離れた今風のカッコいい男性だった。

まず画面で見せていただいたのが、東京スカイツリーの完成時に記念撮影したという天辺の天辺に立つ多湖さんの姿。タワーや高層ビル上階の透明な床の上に立つとお尻がムズムズするけれど、この画像を観ただけでヒェーとムズムズ、ゾクゾクした。このスカイツリー建設には56万人がかかわり、鳶職も20万人いるうちの100人がかかわったそう。ハレのお仕事だったのですね。

工事現場は鳶職に始まり、鳶職に終わるといわれるそうで、足場の組み方や鳶の花形、鉄骨の建て方が、その鳶の腕の見せ所らしい。興味深い話を沢山お聞きしたが、安全管理が一番大切であると。1件の重大な事故には29件の軽微な事故があり、300件のヒヤリがあるというヒヤリハット。多湖さんも仲間を何人か工事現場で亡くしているという。上空での仕事は寒さが一番の敵。手が凍えても手袋はできない。冬は雪が成長する前に落とす必要があり、夜中に雪かきをしたそう。ニッカポッカがだぼだぼなのは動きやすい機能性と危険を介するセンサーの役割、そして風力計の役目もするという。なるほどなるほど。

多湖さんは考える人、そして実行の人だった。鳶の仕事を広く知ってもらうために、ネットで発信し、講演活動も盛んに行っている。

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2017年3月 8日 (水)

「花森安治の仕事」展を観る

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時間の都合で、ひとつ一つにつけられた文章をじっくり味わうことができず残念でしたが、花森安治の仕事の全貌をみることができて、あらためてすごい人だったことを実感しました。敗戦後すぐの19463月に大橋鎭子が「暮らしの手帖」の前身といえる衣装研究所を設立。そこで花森は着物に着目した直線裁ちの簡単な洋服を提案するなどして話題となり、「暮らしの手帖」創刊へと、つながっていきます。その社屋があった銀座。敗戦間もないころから1960年代の銀座の写真を見ると、これが銀座なの、と目を疑うような惨めな風景。今の時代を思うと、その変貌ぶりに驚くばかりです。

そして圧巻は暮らしの手帖の表紙絵のすばらしさ。まったく古さを感じない。むしろいつの時代にも新しい見事さ。水彩、パステル、ポスターカラーなどを使った色の美しさに惚れ惚れします。取材、執筆、制作、宣伝まですべて自ら手掛けた花森の美学。愛用した品々、手書きの宣伝チラシまで、よくここまできちんと保存されたものだと、そのことにも驚きました。世田谷美術館で。49日まで。

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2017年3月 3日 (金)

姚 小全個展 Yao Xiao quan  KANJI in line

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横浜中華街の1010アートギャラリーに行ってきた。今回は書だけの個展。私は以前から姚さんの字が好きで、今年の年賀状にも「時無止」を使わせていただいた。字の遊びをいろいろに試みていて面白かった。312日まで。

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第20回JAALA国際交流展-2017

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墨の画家、稲垣三郎さんがいつもご案内をくださる。今年は留学生招待出品者の特別展示があり、参加国の数がますます充実してきた。作品は決して完成度の高いものとは言えないが、パフォーマンスやビデオアートなどもあり、それぞれが自由で活気あるエネルギーが感じられた。死んだような公募展が多いなか、特筆すべきことかもしれない。(223日-28日 東京都美術館)

 

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