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2016年5月 2日 (月)

2016荷風忌 荷風さんを偲んで歩いてきた

4月30日は荷風さんの命日。三ノ輪の浄閑寺で荷風忌が執り行われた。午前中、東向島のかつての玉の井界隈に足を伸ばし、『濹東綺譚』に登場する、細い路地裏の荷風さんが通ったと思えるお雪の家あたりを想像して散策した。荷風さんが初めて玉の井を訪れたのは『断腸亭日乗』によると昭和7年、54歳の時。当時の面影などもちろん皆無だが、東向島の駅前には昔ながらの個人商店が軒を並べ、下町の風情が色濃い。向島百花園の藤はもう盛りを過ぎていたけれど、荷風さんはじめ文人墨客が愛でたこの庭はきれいに整えられた気配がなく、自然な趣が残されているところがいい。

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午後1時30分からの法要と講演会。今年の演目は日本近代文学研究家の宮内淳子氏による「若き日の荷風と上海 父・漢詩・日本と中国」。宮内氏は荷風がご専門ではないとのことだったが、外国で過ごした作家たちを共同研究したなかで荷風の上海を担当されたとのこと。ざっくばらんなお話しぶりで、荷風年表から関連項目をシンプルにピックアップして示して下さり、たいへんわかりやすかった。

荷風は父親の仕事の関係で17歳の時に上海に遊び、19歳の時に「上海紀行」「滬(こ)遊雑吟」を発表、56歳の時も「十九の秋」で上海の思い出を好意的に書いているのだが、あいだの31歳の時に書いた「若き反抗心」では上海を散々にこけおろしている。このトーンの違いは何故か、と疑問を呈している。また、上記19歳と56歳の作品を、年齢差を考慮せずに並列で論じてしまったところは再検討の余地ありと自らの反省材料として語った。日中の関係、日清戦争や清朝滅亡、満州事変等との関連も興味深いものがありました。

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