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2015年12月12日 (土)

「藤田嗣治、全所蔵作品展示」を観る

東京国立近代美術館のフジタを観てきた。65歳以上無料。もちろん「猫」もあったが、戦争画が中心。記憶にある画面よりもどの絵も暗いのに驚いた。こちらの目の衰えのせいもあるか。「アッシ島玉砕」「血戦ガダルカナル」「サイパン島同胞臣節を全うす」…。フジタは戦争画を描くにあたって、ドラクロアやルーベンスなどの西欧の絵画手法を研究したことが、のちの制作にも大いに役立ったという。以下はパンフにあったフジタの言葉から。

 

「他人は他人、自分は自分主義にて一切難しき規則は放棄いたし候。すべて独断に自由にいたし居り候。早々 巴里 藤田嗣治」(『アトリエ』19273月号)

 

「戦争画の画面はきれいではあり得ない。今までのはきれいに描き過ぎてるね。「中略」僕は主観によって誇張していいと思う。海が対照的にきれいだとか、波の色が鉛のように鈍く光るとか、縦横無尽に主観を混えて描きまくるべきだ。」(『旬刊美術新報』25号 19425月)

 

「名前を列記して挙げる必要はないが、世界の巨匠の戦争画は、実に名画として其の実証を明らかにして居る。日本で戦争画の名画が出ないという訳はない。ありと凡ゆる画題の綜合したものが戦争画である。風景も人物も静物も、総てが混然として其処に雰囲気を起す。今日我々が最も努力し甲斐のあるこの絵画の難問題を、この戦争のお蔭によって勉強し得、更にその画が戦時の戦意昂揚のお役に立ち、後世にも保存せられるという事を思ったならば、我々今日の日本の画家程幸福な者はなく、誇りを感ずると共に、その責任の重さはひしひしと我等を打つものである。」(『美術』第4号 19445月)

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