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2015年12月

2015年12月27日 (日)

「佐藤美智子50年展」を観る

朝飯会の世話役をしているチョーさんの高校時代の恩師、佐藤美智子さんの個展。世界を歩き取材して、民族の姿を描きつづけてきた。これまで49回の個展を開いてきたが、個展はもう止めると聞いた教え子有志がプロジェクトチームをつくり50回展を開いたというもの。広い会場に130号の大きな絵がずらりと並ぶ。今年80歳になるという氏の50年の軌跡がくっきりと確かなものとして浮かび上がってくる作品群。先生も生徒もおしあわせ。川崎駅前タワー「リバーク」3F1227日まで。

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内田洋子著『イタリアのしっぽ』『皿の中に、イタリア』を読む

この人の本は『ジーノの家』『ミラノの太陽、シチリアの月』『カテリーナの旅支度』を読んだ。イタリアに根を下ろし、さまざまな種類のイタリア人との交流を描く。日常生活を通して彼らの生き方を鋭く優しく受けとめる著者の目がいつも面白い。とくに代々つづく家柄とか金持ちの暮らしぶりなどふつうには知り得ないイタリアの奥深さも垣間見られる楽しさ。

 

『イタリアのしっぽ』は動物をテーマにした連載エッセイを一冊にまとめたもので、犬や猫やエトセトラが必ずチラッと出てくる。無理にこじつけているなと思えるところもあって、そこらへんがつまらないのは確か。またネタ探しにあちこち動き回っているようでたいへんだなという感じも伝わってきたりする。一方『皿の中に、』の一冊は食にまつわる話の連載をまとめたもの。プーリアやサルデーニャ、リグリアなどの地方料理やマンマの味、漁師のおすすめ料理、イワシを200匹も揚げたダイナミックな話など。動物の話より、こちらのほうが断然いきいきしている。たしかに「食べることは生きることだ」。いずれにせよ読みはじめると瞬く間に内田洋子の世界に浸れる楽しみがある。つぎは『どうしようもないのに、好き』を読む予定。

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2015年12月19日 (土)

大井和郎 ハイレゾミュージックカード 発売記念コンサート

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大井さんといえばリストだが、今回はアレンスキー、ボルトキエヴッチ、カバレフスキー、と聞き慣れないロシア作曲家の小品が中心。情感あふれる音がとてもきれいでした。アレンスキーの「忘れられたリズムより サッフォーの一節」では北海道立函館美術館の前にあるブールデルの彫刻、古代ギリシャの女流詩人サッフォー像が雪を被っていたのを思い出し、リストの「エステ荘の噴水」ではティボリのさまざまな噴水が想い起されました。

 

 

 

ところで、今回発売のハイレゾミュージックカード「知られざるロシアのピアノ曲」全18曲について大井さんは「素晴らしい曲というのはまだまだ存在する事を証明したく、選曲しました」と。ハイレゾとはハイレゾリューション(高解像度)のことで、音源はネット上にしか存在せず、カードに書かれたIDとPWを入力してダウンロードする仕組み。音質はCDよりはるかにきめ細かく「リバーブなどをまったくかけず、生音そのもので、実に生々しく、空気さえも聴こえるような音質」とのこと。

 

 

 さっそくダウンロードはしましたが、その音をベストの状態で聴ける環境が残念ながらまだない。「パソコンで192khzを聴く場合、ハイレゾ専用ヘッドフォンが欲しいところです」と。時代はどんどん変わりゆきます。因みにこのハイレゾミュージックカードは定価3000円。今回の発売記念コンサート代に含まれたサービスとして手に入れました。(2015.12.14 スタインウェイサロン東京 松尾ホールで)

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2015年12月16日 (水)

椅子脚カバーをつくる

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函館の「工房・虹と夢」から届いた「たより」に、これは、何だろう? というコラムがあった。写真を見ると椅子脚の先端に丸いものがついている。テニスボールなのだという。床に傷がつかず、動かすのが楽、音がしないので静か、と。我が家でも滑りを良くするためにニット編みのカバーを付けているが、K兄がテニスボールをもらってきてくれたので、早速真似してつくってみた。美観は損なわれるが、使用感は良好。いろいろ考える人がいるものですね。

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農家の野菜

Cimg2059_800x590練馬区は畑農家が多いからあちこちに直売所がある。たいてい100円で購入できる。今朝はピンポン、とインターホンが鳴って、近くの農家の奥さんが自転車で野菜を売りにきた。大きなカリフラワーが100円。柚子をおまけにつけてくれた。カリフラワーはとりあえずサラダに。柚子は白菜の浅漬けに。

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ホースケとミックの関係

コトン母さんの腹から生まれた兄妹だが、仲は良くない。寒い日などくっついて寝れば暖かいのに、と思っても決してそうはしない。♂のホースケは父親似でおしゃべりの甘えん坊。声をかけると返事をする。やや犬に近い。一方♀のミックは母親似で滅多に甘声など出さず、不満のときだけ声を上げる。自分勝手でまるで女猫。そのふたりがなんと押入れ上段の布団の上でわずかにだが接触して寝ていたのである。びっくり。たぶん先にホースケが場所をとり、そのあとでミックがお邪魔したかたちだろう。その逆はありえないから。もしミックが先ならホースケに「来るな」の強烈な拒否反応を示すだろうから。強いホースケは女はしょうがないなと引き下がるお人よしなのだ。猫社会の男と女の力関係も人間と同じようでおかしくなる。Cimg1493_800x599


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2015年12月12日 (土)

「藤田嗣治、全所蔵作品展示」を観る

東京国立近代美術館のフジタを観てきた。65歳以上無料。もちろん「猫」もあったが、戦争画が中心。記憶にある画面よりもどの絵も暗いのに驚いた。こちらの目の衰えのせいもあるか。「アッシ島玉砕」「血戦ガダルカナル」「サイパン島同胞臣節を全うす」…。フジタは戦争画を描くにあたって、ドラクロアやルーベンスなどの西欧の絵画手法を研究したことが、のちの制作にも大いに役立ったという。以下はパンフにあったフジタの言葉から。

 

「他人は他人、自分は自分主義にて一切難しき規則は放棄いたし候。すべて独断に自由にいたし居り候。早々 巴里 藤田嗣治」(『アトリエ』19273月号)

 

「戦争画の画面はきれいではあり得ない。今までのはきれいに描き過ぎてるね。「中略」僕は主観によって誇張していいと思う。海が対照的にきれいだとか、波の色が鉛のように鈍く光るとか、縦横無尽に主観を混えて描きまくるべきだ。」(『旬刊美術新報』25号 19425月)

 

「名前を列記して挙げる必要はないが、世界の巨匠の戦争画は、実に名画として其の実証を明らかにして居る。日本で戦争画の名画が出ないという訳はない。ありと凡ゆる画題の綜合したものが戦争画である。風景も人物も静物も、総てが混然として其処に雰囲気を起す。今日我々が最も努力し甲斐のあるこの絵画の難問題を、この戦争のお蔭によって勉強し得、更にその画が戦時の戦意昂揚のお役に立ち、後世にも保存せられるという事を思ったならば、我々今日の日本の画家程幸福な者はなく、誇りを感ずると共に、その責任の重さはひしひしと我等を打つものである。」(『美術』第4号 19445月)

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バーチャル・スクリーンで システィーナ礼拝堂を観る

すごい迫力だった。座ったまま浮遊するような感覚でシスティーナ礼拝堂の天井画に近づいて行く。そこから右や左や下方へ自由自在。最初はナビゲーターの女性が解説しながらタブレットを操作していたが、「どなたかやってみませんか」と、一番前の真ん中に座っていた私に操作のお鉢が回ってきた。壁面の「最後の審判」に移動して天国と地獄の分れ道をなぞったり、地獄の門番を見せて、の声に応じて右下に降りたり、また天井に戻ったり。

システィーナ礼拝堂は何度も実際に見ているが、こんなにあからさまに絵を見たのは初めて。距離を置いて下から見上げることを計算に入れて描いたミケランジェロも、自分の作品が500年後にこんなかたちで見られていることに驚いているのでは? 科学技術の進歩は芸術の在り方をも変えていく。

 

このバーチャル・スクリーンはトッパン印刷の博物館で鑑賞できるのだが、鑑賞前に印刷博物館を見学した。はじめに博物館全体についての丁寧な説明があり、そのあと自由に展示物を見て回った。印刷物は私たちの生活に身近すぎるせいか、その歴史や技術的なこととなるとあまり関心を寄せないと言っていい。

印刷というとまずグーテンベルクの名が出るが、それより遥か遥か以前の日本に、木版による世界最古の印刷物があったという。770(奈良時代)に、百万塔陀羅尼の経文を百万部刷ったのだという。きれいな印刷にいやー驚きました。知りませんでした。勉強になりました。

 今回の見学と鑑賞は朝の勉強会の吉田さんがすでに体験され、その素晴らしさをみなさんにも味わってほしいと企画してくださり実現したもの。26人でおおいに楽しんできました。

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2015年12月 6日 (日)

新参者の猫

新参猫といってもずいぶん前から顔を見せるようになった。朝と夕、外猫2匹にご飯を出す時間になるとやってくる。首輪をした毛並みのいい猫なので、おうちで食べなさい、と追払っていたが、よほどここが気に入ったのか毎日やってくる。外猫コトン母さんとクロのエサを分捕るでもなく、食べているあいだおとなしく後に控えてお余りを食べる程度だが、よそのご飯はおいしいらしい。あるとき家の前を歩いていた子どもが、ラッキーがいる、というので、名前が分った。以来、ラッキー、ラッキーと親しく呼んでいるが、ラッキー、早いご出勤ね、とちょっと触ったりすると生意気にシャーッと威嚇する。尻尾がほとんどないオスの雉猫。近所にめっきり野良猫がいなくなり、飼い猫も外に出なくなったせいか、ラッキーは退屈で仕方ないのかもしれない。

先日、外を掃いていたM姉が、すみません、うちの猫がいつもお邪魔していて…と女の子から挨拶されたという。先日の新聞記事にやはり或る家に毎日通ってくる猫がいて、ある日首輪に手紙をつけたところ返事がくるようになって、その往復書簡??? が800通にもなったという話が紹介されていた。我が家でもお手紙つけてエサ代を請求しようかしら、などと冗談をいっていたが、来なくなったら寂しいので、食費は免除することにする。

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2015年12月 5日 (土)

「藤田嗣治資料」公開展示を観る

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大原美術館蔵の「舞踏会の前」の修復完成披露と夫人の藤田君子氏から東京芸術大学に寄贈された6000件に及ぶ資料の整理に一つの区切りができたところでの公開展示である。油絵作品はメインの「舞踏会の前」のほかは初期の自画像や父親像などほんの数点だったが、日記などの資料が興味深かった。細かい字で書かれた日記は意外に几帳面な人だったことがうかがえるし、随所にスケッチなども入っていて面白い。それに手紙や夥しい写真。これらは1935年に25歳年下の君子さんと結婚した以後のものがほとんどなので、偏った印象を受けてしまうのは致し方ない。

フジタは独特のオカッパ頭なので気づかなかったが、写真を見ると結構ウマヅラ。永井荷風に似たところがあるのが発見だった。因みにフジタは荷風の7年後の1886年に生まれている。父親は陸軍軍医。絵描きになることなど到底許してもらえないと思っていたところ、父は深い理解を示し、同じ軍医だった森鴎外に息子のパリ留学の相談などもしていたらしい。東京芸術大学美術館で12月1日から6日までの6日間だけの展示。
先日、小栗康平の映画「FOUJITA」を観た。東京国立近代美術館では「藤田嗣治、全所蔵作品展示」も開かれている。生誕130年ということか。近美で戦争画を観てこよう。

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2015年12月 2日 (水)

銀座で女子会

1448775139591久しぶりの食事会に8名。学生時代の仲間は無礼講ですぐに昔に戻れるからいい。だれひとり亭主の話などしないのもいい。コース料理を楽しみながら、専らものづくりの話で盛り上がった。着物を裂いて糸にして織ったコートを着てきた人、やはり機で織ったマフラーをしてきた人、手づくりの革のバッグやネックレス…。自慢しあい、教えあって元気。ただしメカには弱い。お互いの連絡先をケイタイに入れる段になると操作がスムースに進まず、声が大きくなって完璧なおばさんの集団でした。

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2015年12月 1日 (火)

銀杏が豊作

近くの公園の銀杏がすごい。いつもなら拾いに来る人が一通り終われば、地にはほとんど銀杏はないのだが、今年はどうしたことか、銀杏のじゅうたんのようにまだびっしり落ちている。銀杏は始末するのが結構面倒なので、もったいないとは思っても、そう拾ってばかりもいられない。昨夜の茶碗蒸しに銀杏が入っていたが、これは私の去年の収穫物。

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ミランダ・ジュライ著『あなたを選んでくれるもの』を読む

Img003_551x800この類の本、とくにアメリカの翻訳本は滅多に読まないのだが、図書館から借りて読んだ。たぶん新聞の書評を読んですぐ予約したのだと思う。9月に予約したから2カ月待ち。奥付を見ると8月25日発行で9月20日に2刷とあるから読まれている本である。著者はパフォーマンスアーティスト、ミュージシャン、作家、女優、そして映画をつくったり、脚本を書いたり、とマルチに活躍している人のようだ。

 

本書は脚本執筆に行き詰まった著者がいつも愛読しているフリーペーパーの「売ります」の広告内容にひらめき、そこに広告を出している未知の人物に次々と会いに行くという、そのインタビュー集である。もちろん、取材依頼の電話をかけてもたいていは断られたと言うから、ここに登場する10人は選ばれた人たちだ。さすがアメリカ、なんでもありで強烈な個性の人たち。彼らのポートレイト、売りに出した品物、部屋の様子などの写真も掲載されていて、バタ臭さが漂ってくる。黒革ジャケット10ドル、ウシガエルのオタマジャクシ1匹2ドル50セント、写真アルバム1冊10ドル、コンエア社のドライヤー5ドル、クリスマスカードの表紙部分のみ50枚1ドル……。ミランダの柔らかな感性がそれぞれの人生を見事に引き出していく。そしてネット社会に身を置いていた彼女が会うはずもなかった生の人物、現実に接していくさまは映画のように面白い。岸本佐知子さんの翻訳がすてきなせいもある。

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