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2015年7月26日 (日)

田辺聖子著『花衣ぬぐやまつわる…わが愛の杉田久女』(上下)を読む

杉田久女1890(明治23)―1946(昭和21)という女流俳人の名前は辛うじて知っていたが、ただ名前を知っていただけ。最近俳句に興味を持ち始めて「花衣ぬぐやまつわる紐いろいろ」を目にしたときに、色っぽい句だなと記憶した。それが久女29歳の時の句だという。この本の表題となっている。 久女は生涯師と仰いだ高浜虚子にその才能を高く評価されながらも、ある時期からなぜか虚子に疎ましくおもわれ、一方的に「ホトトギス」同人を除名され、あたかも狂女のような扱いを受ける。芸術と実生活の様々な葛藤のなかで苦しんだ久女のダークな部分のみが流布され、吉屋信子や松本清張の小説のモデルとしてもそう使われたためか、これが久女の人物像として定着してしまったらしい。 しかし真実はどうだったのか。田辺聖子は久女とその周辺の人々の来しかたを丁寧に紐解いていく。

「久女の跡をもとめることは怨念と背信、相克と嫌厭の苦い味を舌頭で転がすことだった。俳句というものは人の競争心をあふりたて、憎悪にみちびきやすい何かがあるのだろうか、そんなことを思ったりした。短い形ながら、その短さゆえに骨身を削る、酷烈な修業が人の心を萎縮歪曲させることになるのだろうか。しかし私としては、久女のおもかげとつき合ってきて、かつ『杉田久女遺墨』にある、雄渾な気高い筆跡、また私の好ましい、三十代ぐらいの凛とした久女の写真から、涼やかで冷瓏たる心根の女人しか思い浮かばないのである。」と書く。

歴史に名を残した人物の評伝は当然書き手のフィルターを通したものだが、田辺聖子は杉田久女という女性の偏ったイメージに疑問を呈し、その生涯を温かい目で追求することによって、真実に迫ることに成功したように思う。この功績は大きい。5年の歳月をかけて書き下ろした労作である。女流文学賞を受賞。

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