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2015年7月22日 (水)

田辺聖子著『道頓堀の雨に別れて以来なり』―川柳作家・岸本水府とその時代―上下巻を読む

最近遅ればせながら五七五に目覚めた? せいもあって、Ciさんが田辺聖子の本を2冊推薦してくれた。俳人杉田久女を描いた『花衣ぬぐやまつわる…わが愛の杉田久女』(上下)とこの川柳の本。俳句もそうだが、川柳は猶のことまるで知らない世界だったので、こんなに面白い世界があったのかと瞠目。各巻700ページほど。じつに読みでがありました。年を取っても知らないことが多すぎます。

著者は「調べだして痛感したのは、日本文学史の中で〈川柳〉の項が欠如しており、資料も散佚しかけていることだった。それゆえ〈水府とその時代〉を書くことは、即、日本近代川柳文学史とならざるを得なくなってしまった。」とあとがきに書いています。その通りですね。資料を発掘し、丁寧に読みこんで書いておられて、日本近代川柳の貴重な資料となっている本です。

 

岸本水府という人はコピーライターの草分け的な仕事をした人なのですね。その水府の生涯を中心に、明治・大正・昭和の時代を川柳に命を掛けてきた人たちの熱い思いが見事に活写されています。俳句・川柳といえば、今の時代はもっぱら年寄りの趣味くらいに受けとめられているけれど、十代の若い人たちがまるで川柳病にかかったように夢中になったのですね。その初々しい様子が人物の動きとともに熱く伝わってきます。

もうひとつ感心したのは著者の言葉の選び方と使い方。会話に関西弁がうまく生かされていて関東にはない味わいを出していますが、むずかしい漢語も適所にきちっと嵌めこんで効果的に使っています。ずいぶん辞書を引きましたが、試しに数ページからピックアップしただけでも、次のような漢字が出てきます。怨嗟、誘掖、蝟集、姦佞、潜称、白皙、固陋、揺蕩、瞋恚…など。高い学識に驚きます。当然か。

 

もうひとつ、水府夫妻について書いた部分で、この夫婦は気立てのいい顔をしていると書き「中年以降の人間の顔は、どうしようもなく気立てが出てしまう。性格とか性根、気質ということばでは嵌まりきらない、何かがあるように思う。心ばえ、気っ風、どれもぴんとこない。やはり「気立て」というしかないと私には思える。」という文章。田辺聖子の大人の味わいがこんなところにもうかがえる。いいですね。

 

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