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2015年7月

2015年7月31日 (金)

ウルトラ植物博覧会 西畠清順と愉快な植物たち

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いつだったか「情熱大陸」というテレビ番組でプラントハンター・西畠清順氏が紹介されていて、面白いすごい人がいるなと印象に残った。ビルの屋上庭園にドンとめずらしい巨木を持ってきたり、その迫力は並でなかった。世界中から収集した植物は数千種類に及ぶとか。

その人の展覧会があるというので、ワクワク期待して出かけた。チラシに氏はこう書いていた。

「もしコドモたちが、そこに集まった植物たちを見ても本当に驚かなかったら、おれは罰金を払いたいとおもいます。もしオトナたちが、そこに集まった植物たちを見ても本当に驚かなかったら、おれは逆に心配したいとおもいます。

クリックひとつでそれなりに珍しい植物が買えるようになったこの時代に、圧倒的な自信を持ってお届けする、摩訶不思議でリアルな植物の世界。」

 

でも、ちょっとがっかり。確かに見たこともない不思議な植物が勢ぞろいしていて驚きの連続だったけれど、狭い陳列スペースの問題もあってか、何か動物園で珍獣を見ている趣だった。この植物たちは故郷を離れていまどんな思いなのだろうと。若い人たちがたくさん見に来ていて、西畠清順人気のほどがうかがえた。銀座のPOLA MUSEUM ANNEX816日まで。

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2015年7月26日 (日)

ハルさんの花だより

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ハルさんちの庭に咲く花々のカード。このところ一日置きくらいに届いて、うれしくて。まるでラブレターをもらうような気持ち。表の面には1960年代の値打ちもんの古い切手が惜しげもなく貼ってあって、これも眺めるのが楽しい。今日のハルさんのコメントは政田農園のトマトでジュースを作って元気に、被災地応援プロジェクトでフクシマの子供たちの迎い入れ。カレー作りやら民俗芸術祭やら……。北海道の夏は人の動きも多いからたいへん。そんななかをありがとう。

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田辺聖子著『花衣ぬぐやまつわる…わが愛の杉田久女』(上下)を読む

杉田久女1890(明治23)―1946(昭和21)という女流俳人の名前は辛うじて知っていたが、ただ名前を知っていただけ。最近俳句に興味を持ち始めて「花衣ぬぐやまつわる紐いろいろ」を目にしたときに、色っぽい句だなと記憶した。それが久女29歳の時の句だという。この本の表題となっている。 久女は生涯師と仰いだ高浜虚子にその才能を高く評価されながらも、ある時期からなぜか虚子に疎ましくおもわれ、一方的に「ホトトギス」同人を除名され、あたかも狂女のような扱いを受ける。芸術と実生活の様々な葛藤のなかで苦しんだ久女のダークな部分のみが流布され、吉屋信子や松本清張の小説のモデルとしてもそう使われたためか、これが久女の人物像として定着してしまったらしい。 しかし真実はどうだったのか。田辺聖子は久女とその周辺の人々の来しかたを丁寧に紐解いていく。

「久女の跡をもとめることは怨念と背信、相克と嫌厭の苦い味を舌頭で転がすことだった。俳句というものは人の競争心をあふりたて、憎悪にみちびきやすい何かがあるのだろうか、そんなことを思ったりした。短い形ながら、その短さゆえに骨身を削る、酷烈な修業が人の心を萎縮歪曲させることになるのだろうか。しかし私としては、久女のおもかげとつき合ってきて、かつ『杉田久女遺墨』にある、雄渾な気高い筆跡、また私の好ましい、三十代ぐらいの凛とした久女の写真から、涼やかで冷瓏たる心根の女人しか思い浮かばないのである。」と書く。

歴史に名を残した人物の評伝は当然書き手のフィルターを通したものだが、田辺聖子は杉田久女という女性の偏ったイメージに疑問を呈し、その生涯を温かい目で追求することによって、真実に迫ることに成功したように思う。この功績は大きい。5年の歳月をかけて書き下ろした労作である。女流文学賞を受賞。

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2015年7月23日 (木)

101匹・猫展

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猫好き必見の展覧会。日本画家の三浦幸子さんも4点出品されているそうです。私は三浦さんの描く精悍な猫が大好き。40名の作家による400点の作品が展示されるそうです。お見逃しなく。ギャラリー暁(中央区銀座6-16-6商工聯合会ビル2F)、7月27日~8月2日。

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日本マイム研究所 55周年公演

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佐々木博康さんのマイムを今年は縁あって3回拝見しました。江戸東京博物館ホールでの55周年公演のプログラムはTokyo、老人と海、銀河鉄道の夜、千曲川旅情の唄、木曽川の筏乗り、ボレロ。佐々木さんは舞台に登場しただけで存在感がありました。半世紀以上にわたって創り上げてきた肉体による魂の表現。最終的には彼自身が作品であり、そこにいるだけでよいという存在感のすごさがありました。「老人と海」の演技に、ただただ圧倒されました。そして最後の「ボレロ」はしだいしだいに高まっていく官能の渦に巻き込まれていきました。

 

これまでに佐々木さんのもとで肉体表現を学んでいった研究生は数千人にも及ぶといいます。佐々木さんは後進への指導にも惜しげなく愛を注いでおられます。

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2015年7月22日 (水)

田辺聖子著『道頓堀の雨に別れて以来なり』―川柳作家・岸本水府とその時代―上下巻を読む

最近遅ればせながら五七五に目覚めた? せいもあって、Ciさんが田辺聖子の本を2冊推薦してくれた。俳人杉田久女を描いた『花衣ぬぐやまつわる…わが愛の杉田久女』(上下)とこの川柳の本。俳句もそうだが、川柳は猶のことまるで知らない世界だったので、こんなに面白い世界があったのかと瞠目。各巻700ページほど。じつに読みでがありました。年を取っても知らないことが多すぎます。

著者は「調べだして痛感したのは、日本文学史の中で〈川柳〉の項が欠如しており、資料も散佚しかけていることだった。それゆえ〈水府とその時代〉を書くことは、即、日本近代川柳文学史とならざるを得なくなってしまった。」とあとがきに書いています。その通りですね。資料を発掘し、丁寧に読みこんで書いておられて、日本近代川柳の貴重な資料となっている本です。

 

岸本水府という人はコピーライターの草分け的な仕事をした人なのですね。その水府の生涯を中心に、明治・大正・昭和の時代を川柳に命を掛けてきた人たちの熱い思いが見事に活写されています。俳句・川柳といえば、今の時代はもっぱら年寄りの趣味くらいに受けとめられているけれど、十代の若い人たちがまるで川柳病にかかったように夢中になったのですね。その初々しい様子が人物の動きとともに熱く伝わってきます。

もうひとつ感心したのは著者の言葉の選び方と使い方。会話に関西弁がうまく生かされていて関東にはない味わいを出していますが、むずかしい漢語も適所にきちっと嵌めこんで効果的に使っています。ずいぶん辞書を引きましたが、試しに数ページからピックアップしただけでも、次のような漢字が出てきます。怨嗟、誘掖、蝟集、姦佞、潜称、白皙、固陋、揺蕩、瞋恚…など。高い学識に驚きます。当然か。

 

もうひとつ、水府夫妻について書いた部分で、この夫婦は気立てのいい顔をしていると書き「中年以降の人間の顔は、どうしようもなく気立てが出てしまう。性格とか性根、気質ということばでは嵌まりきらない、何かがあるように思う。心ばえ、気っ風、どれもぴんとこない。やはり「気立て」というしかないと私には思える。」という文章。田辺聖子の大人の味わいがこんなところにもうかがえる。いいですね。

 

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2015年7月17日 (金)

戦争は、防衛を名目に始まる。

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戦争は、防衛を名目に始まる。

戦争は、兵器産業に富をもたらす。

戦争は、すぐに制御が効かなくなる。

戦争は、始めるよりも終えるほうが難しい。

戦争は、兵士だけでなく、老人や子どもにも災いをもたらす。

戦争は、人々の四肢だけでなく、心の中にも深い傷を負わせる。

精神は、操作の対象物ではない。

生命は、誰かの持ち駒ではない。

海は、基地に押しつぶされてはならない。

空は、戦闘機の爆音に消されてはならない。

血を流すことを貢献と考える普通の国よりは、

知を生み出すことを誇る特殊な国に生きたい。

学問は、戦争の武器ではない。

学問は、商売の道具ではない。

学問は、権力の下僕ではない。

生きる場所と考える自由を守り、創るために、

私たちはまず、思い上がった権力にくさびを打ちこまなくてはならない。

(自由と平和のための京大有志の会「声明書」より)

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