« 2014 イタリア・ボローニャ国際絵本原画展 | トップページ | 川本三郎著『荷風好日』を再読。そしてドナルド・キ―ン著『声の残り』 »

2014年8月19日 (火)

赤坂真理『東京プリズン』を読む

815日、電車に乗ったら目の前に立っている人が読んでいる朝日新聞の広告欄が目に入った。赤坂真理『東京プリズン』大増刷 8刷。この本をちょうど読み了えたばかりだったので、大きなカラー広告に驚く。そうか、今日は敗戦の日。私はこの作家の名前を辛うじて知っていただけ。読んだのは初めて。この本を読んだ友の薦めがなければ手にしなかった。

 

「私の家には何か隠されたことがある」と感じて育った15歳の少女マリは単身アメリカ極地の学校に送り込まれ異文化の中で苦労する。学校の進級をかけたディベートに課せられたテーマが「天皇の戦争責任」。肯定側に立つことになったマリ。調べていくうちに日本人が押し隠してきた歴史にぶつかる。東京裁判とは何だったのか。東京裁判で通訳をした母。「現代の東京裁判」に独り立ち向かうマリ。10代のマリと40代になったマリが時空を超えて対話し暗示的・象徴的な夢も複雑に絡んで展開する。作家自身が長年引きずってきた重いテーマを読者に問うかたち。

 

「天皇に対する歴史上の日本人の態度には不思議なものがある。たてまつりながら利用する、最高権威を与えながら実権は与えていない。しかし最後に彼に向ってひれ伏す。」たしかに。エンペラーとも違う日本の天皇とは。象徴としての天皇とは。天皇のことを真剣に考えたことなどなかった。こんなエピソードもある。玉音放送のレコードのキャプションに「アメリカ兵が日本人捕虜に『これは本当にヒロヒトの声か』と訊ねるも答えられる者は誰一人居なかったという話が残る。」と。確かに声を聞いたことなどない。けれどあの声を誰もが疑いもなく天皇の声と認めたところに日本人が表れていないか。

 

戦争を少しでも体験した年配者には食い足りない部分があるかもしれないが、タブー視されてきたことに直球で挑んだ力作だ。「戦後」はつづいている。

 

|

« 2014 イタリア・ボローニャ国際絵本原画展 | トップページ | 川本三郎著『荷風好日』を再読。そしてドナルド・キ―ン著『声の残り』 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1402746/57123801

この記事へのトラックバック一覧です: 赤坂真理『東京プリズン』を読む:

« 2014 イタリア・ボローニャ国際絵本原画展 | トップページ | 川本三郎著『荷風好日』を再読。そしてドナルド・キ―ン著『声の残り』 »