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2014年8月19日 (火)

川本三郎著『荷風好日』を再読。そしてドナルド・キ―ン著『声の残り』

『荷風と東京』の著者が、新聞や雑誌に発表した荷風関連のエッセイをまとめたもの。さらっと読めるのだけれど、内容は深い。今回も新たな喜びがあった。川本氏は荷風を好色文学から都市文学へ、東京の町の散策者として光を当てた人。この人の文章を読んでいると心地よい。荷風論でいま私が一番信頼を寄せる人。氏は『断腸亭日乗』を読みこみ、荷風の歩いた東京をくまなく歩き、その魅力を引っ張り出してくれる。たとえば「浅草から京成電車に乗って四つ目の八広駅で降りる(平成六年に荒川駅から八広駅に駅名がかわった。)。駅を出るともう目の前が荒川で、広々とした水のパノラマが広がる。」とあると、もう、絶対ここを歩こうと思ってしまう。

 

「荷風のラジオ出演」のエッセイでは、荷風の声をラジオで初めて聞き、その「あまりに若い声に驚いてしまった」とある。そしてドナルド・キ―ン著『声の残り 私の文壇交遊録』のなかの荷風を紹介してくれた。それがじつに面白いので、早速図書館でキ―ンの『声の残り』を借りてきた。薄い文庫本で、谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫など交遊のあった18人の文人を採りあげている。現在92歳のキ―ンは昭和32年、35歳の時に最晩年の荷風を市川の家に訪ねている。「永井荷風には一度だけ会ったことがある。実はそれだけでも、大したことなのだ。」という文章で始まり、ポイントは「まもなく荷風が、姿を見せた。荷風という人は、まことに風采の上がらぬ人物だった。着ている服は、これといって特徴のない服で、ズボンの前ボタンが全部外れていた。彼が話しだすと、上の前歯がほとんど抜けているのが分った。しかし彼の話すのを聴いているうちに、そうしたマイナスの印象なぞ、いつの間にか、どこかへ、すっ飛んで行ってしまった。彼の話す日本語は、私がかつて聴いたことがないくらい、美しかったのだ。第一私は、日本語が、これほど美しく響き得ることさえ、知らなかった。その時彼が話したことの正確な内容、せめて発音の特徴だけでも、憶えておけたらよかったのに、と悔やまれる。ところがその日は、前の晩の飲み過ぎで、私はひどい二日酔い、荷風が何をしゃべったか、記憶がまったく定かではないのだ。それにしても、彼の話し言葉の美しさだけは、あまりにも印象深くて、忘れようにも忘れられない。」晩年の荷風が彷彿とする。私もアーカイブでぜひ聞いてみたい。

 

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