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2014年7月28日 (月)

五木寛之編『完本 うらやましい死に方』を読む

1999年、文藝春秋誌が読者投稿を募集し、のちに『うらやましい死に方』として刊行した。それから14年後の2013年、再度同テーマで読者投稿を募り、それと、前本から精選した16編を再掲し、五木寛之氏が文章を寄せて完本としたのがこの本。五木氏は14年という時の流れが日本人の「死」の視線を明らかに変えたと述べている。14年前、20世紀末、死は劇的な死、不遇な死が語られたが、21世紀の今、死は人間が迎える自然のことと受け止めている感じが強いと。つまりドラマチック・エンディングからナチュラル・エンディングへ。本書に紹介されている「うらやましい死」は自分の死が近いことを悟り、身近な人にきちんとお別れした人、前日まで普通の生活をして逝った人など、暗いイメージはない。五木氏も「自然死が理想」とごく当たり前の結論を語っている。

ただ生きているあいだの問題として氏が指摘し掲げた提言には大いに頷けた。氏は言う。超高齢社会によって老人が溢れ嫌老の気配が生まれてきている。そのなかで高齢者はどう振る舞っていくか。その解決策のひとつとして高齢者の選挙権を若年層(孫など)へ自主的に譲渡し若い人たちで世の中を変える。もうひとつは階級という考え方の導入。若年階級、壮年階級、老人階級と分け、その中での相互援助と自立。老人が若年・壮年層の負担者とならないようにする。そしてもうひとつが新しい死生観をもつこと。

4人に1人が75歳以上の後期高齢者になるといわれる2025年問題。10年後、もし生きていればまさしく後期高齢者のひとりとして、自立した生き方ができているのかどうか…。生きるのも死ぬのも難しい。

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