« 2013年11月 | トップページ | 2014年1月 »

2013年12月

2013年12月24日 (火)

クリスマス キャンドル・アレンジメント

Cimg1475_800x568 Cimg1482_800x600 今年4月にお茶の水と神田地区の再開発によって誕生したワテラス。レジデンス、ビジネス、ショップの複合施設からなるお洒落な空間になっていてびっくり。東京に住んでいながら、あちこちでおのぼりさん感覚を味わっています。このお洒落なスペースでキャンドル・アレンジメントの講習会がありました。友人のOさんが講師だったので参加したのですが、針葉樹の心地よい香りに包まれながらの楽しい時間でした。針葉樹でべースをつくり、松ぼっくりや深紅のリボンをアレンジして最後にろうそくを立てて完成。これはドイツ語圏の伝統的なクリスマス飾りだそうです。

たまたまバルセロナから里帰りしている親戚の家族が来宅したので、素敵なクリスマスの演出になりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年12月17日 (火)

永井荷風『寺じまの記』を読む

荷風の『濹東綺譚』は何度読んでもおもしろい。そのつど新たな気づきがある。荷風はこの小説の舞台、玉ノ井を書くにあたって、綿密な取材をしている。いわばその取材メモから生まれた随筆が「寺じまの記」。浅草から乗合自動車(バス)に乗って見た風景、乗降客の年恰好、身なり、足の向くまま歩く玉ノ井の路地裏、窓の女たちの佇まいなどじつに詳しく、下町の風俗がみごとに活写されている。思わず地図を広げたくなる街歩き本のおもしろさもある。昭和114月に発表しているが、同時期に発表した「放水路」という作品のなかで荷風は次のように書いている。

「四五年来、わたくしが郊外を散行するのは、嘗て『日和下駄』の一書を著した時のやうに、市街河川の美観を論述するのでもなく、又、寺社墳墓を尋ねるためでもない。自分から造出す果敢(はかな)い空想に身を打沈めたいためである。平生胸底に往来してゐる感想に能く調和する風景を求めて、瞬間の慰藉にしたいためである。その何が故に、又何がためであるかは、問詰められても答へたくない。唯をりをり寂寞を追求して止まない一種の欲情を禁じ得ないのだと云ふより外はない。」

こうして名作『濹東綺譚』がうまれた。昭和1110月25日脱稿。翌12年4月6日から6月15日まで35回にわたって朝日新聞に連載された。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年12月13日 (金)

猫セーターが届いた

猫好きの私のために、友が編んでくれたセーター。前にも後ろにも猫がいっぱい。ずいぶん前に彼女の家に遊びに行った時に寸法を測られたけど、すっかり忘れていました。余っている毛糸を活用して……と。うれしいものですね。Cimg1471_800x600

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年12月11日 (水)

松本 哉著『女たちの荷風』を読む

この人の荷風本は『永井荷風という生き方』『永井荷風ひとり暮し』を読んでいる。編集者から文筆業に転じた人だが、残念ながら2006年に亡くなった。

荷風の女性関係についてはあらかた知っているつもりだが、こうして『女たちの荷風』としてまとめてもらうと、あらためて荷風さん、ようやりますね、とその艶福ぶりにため息がでる。女好きの荷風は見栄えがしたし(写真で見るかぎり、私はそうは思わないけど)、女性への当たりが柔らかく、お金があったので、何しろ女にもてた。でも気難しい自由人で浮気性だから、女との関係は長くは続かない。めまぐるしく相手が変わった。その刺激が創作のエネルギーになったのは確かだろう。今と違って昔の還暦はそれこそ老翁。その老翁が二十歳そこそこの女たちと馴染んだのだから男冥利に尽きるというもの。映画「濹東綺譚」を撮った新藤兼人は「荷風は生涯を性のために生きた。性の泉をくみあげて小説を書いた。荷風にとって文学と性は同衾していた。だから老いれば荷風の性は薄れ文学もまた薄れ性を失えば文学も亡んだ」と書いた。性をテーマにした監督だから、そう受けとめるのは当然。だが荷風文学の真髄はもっと別のところにあるように私は思う。まだまだ漠としているのだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年11月 | トップページ | 2014年1月 »