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2011年11月

2011年11月28日 (月)

『もうダマされないための「科学」講義』

毎日新聞1016日の書評欄に紹介されていた。3.11以後不確実な情報が氾濫するなか、科学に無知な人間に何かヒントはないかという思いで手にした。若手論客がアカデミック・ジャーナルを旗印に専門性や職業の垣根を越えて論じあう「シノドス」という知の交流スペースがあって、2007年から多分野にわたるセミナーを開始しているそうだが、この光文社新書は2010年の科学シリーズのセミナーをまとめたもの。3.11以後、急きょ内容の再検討を行って出版したという。

第一章の「科学と科学でないもの」を読むと、科学には常に不確実性がつきまとうもので、絶対的な信頼はおけないことがよくわかった。「絶対に危険はない」「リスクはない」といいきれば、それは科学ではない。科学者は「調べた限りでは問題ない」と答え、リスクの程度を勘案しバランスを考えた上で妥当と思われるところに線を引く。そこを反対派は「安全じゃない」と批判する。科学的間違いの例はいくらでもあって、科学はそうやって進歩してきた。なぜ間違っているかというところから次へ進むから間違いを大事にしなくてはいけない。科学と科学でないものにはグレーゾーンがあるために、そこに付け込んだニセ科学も横行する、と。

具体的に役立ったのは付録。細胞分子生物学者の片瀬久美子氏がまとめた「放射性物質をめぐるあやしい情報と不安に付け込む人たち」。デマ情報をパターン化して分析している。情報源のあいまいなものは発信元に確認するか、人に噂話として伝えたりせずにいったん保留しておく。もしそれが本当なら追加で詳しい情報がでてくるだろうし、デマであった場合は否定するカウンター情報がでてくるだろう。情報を吟味してデマの可能性があれば自分から広めずにいることは後々自分の信用にもつながると結んでいます。

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2011年11月26日 (土)

大名庭園・小石川後楽園を巡る

Cimg0574_800x600 Cimg0575_800x600 Cimg0566_800x600 お隣の日中友好会館にはしばしば水墨画展を観に行ったが、この庭園はいずれまた、と素通りしていた。日本自然保護協会の自然観察指導員・小原芳郎さんのご案内で実現した。朝飯会のあと9名参加。水戸黄門で知られる徳川光圀が完成させた庭園。江戸から中山道、木曽路を過ぎ京都へと旅する趣の回遊式築山泉水の庭に造られていて、諸国名所のビュースポットに出合える仕組み。遠近法や視覚効果が巧みに使われている。作庭に明の儒学者・朱舜水がかかわったので、中国の円月橋や西湖堤などの風物も取り入れられている。これは小原さんの解説なしには分らないことだった。ほかにも梅林の植栽は軍需用に、柘榴や陰陽石は子孫繁栄のためにとか、へぇ―、なるほどというお話をたくさんうかがった。3時間のじっくりツアーでした。

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小石川後楽園を高みから

Cimg0555_640x480 Cimg0556_800x600 Cimg0557_800x600 スカイツリーはやっぱり群を抜いて高いなぁ。文京シビックセンター25階展望室からの眺め。これから見学に行く小石川後楽園をまず上から眺めてみようということでやってきた。霞んでいたけど富士山も見えました。

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2011年11月18日 (金)

『アハメドくんのいのちのリレー』

Img001_563x800 『がんばらない』を書いた鎌田實先生の最新作。「絵本のような、叙事詩のような、文明評論のような、生きるヒントのような、童話のような、ヘンテコな本。現代の神話を書きたかった」とあとがきに書いておられるけど、そのとおりの本。安藤俊彦さんの絵もステキです。イスラエル兵に殺された息子の臓器を敵国の病気の子どもたちを救うために提供したお父さん。そのパレスチナ人のお父さんのことがずっと気になっていて、会いたいと思っていた鎌田先生。それが実現して生まれた本。「にもかかわらず」がキーワード。いのちのリレーで世界のみんなをつなげたい、と平和の尊さを訴える鎌田先生の熱い思いが伝わってきました。

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2011年11月 9日 (水)

持田叙子著『永井荷風の生活革命』を読む

去年この人の『ようこそ、荷風へ』を読んで荷風さんのイメージがずいぶんと変わったのだが、そのあと氏が荷風について最初に書いた『朝寝の荷風』を読むと、すでに新荷風論の兆しが芽生えていて、次の『永井荷風の生活革命』で持田荷風が幾重にも開花した感じなのだ。都会のシングルライフの達人としての荷風さん。こんな荷風さんを誰も書いていない。それこそ目からウロコの面白さ。私が荷風さんに惹かれる理由を解説してもらったようなもの。氏は2008年に世田谷文学館で開かれた「永井荷風のシングル・シンプルライフ」展の監修をされている。残念ながら同展は観られなかったが、『永井荷風の生活革命』を読めば十分想像がつく。これまでの荷風ファンは圧倒的に男性が多く、男性読者は「荷風作品の艶やかなエロスを読みとる」ようだが、女性読者は「独身生活者としての荷風の生活観リズムにひかれる」と。なるほど、なるほど。氏は他にも荷風の「庭」に注目するなど、これまで誰も論じなかった視点が革命的なのです。

 

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「夕鶴の里」で民話を聞く

Cimg0534_800x600 Cimg0531_800x600 Cimg0532_800x599 山形県の置賜地方は民話の宝庫だ。有名な「鶴の恩返し」の話は各地にあるようだが、南陽市漆山に伝わる鶴女房の話はご本家?らしい。この地に室町時代に開山したという鶴布山珍蔵寺の「鶴布」は鶴が恩返しに羽で織った布に、「珍蔵」は鶴を助けた民話の主人公の名前に由来するという。「夕鶴の里」には民話資料館と語り部の館があり、囲炉裏のある館で地元ボランティアの語り部・菅野敏子さんの語りで「鶴の恩返し」や「天狗の転び下駄」「お供え物」を聞くことができた。宮内教会の近藤牧師さんにご案内いただいた。方言はいいものですね。とーびんと。

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井上ひさしの「遅筆堂文庫」を訪ねて

Cimg0539_800x600 Cimg0536_800x620 Cimg0537_800x571 いちど覗いてみたいと思っていた。所用で赤湯まで行ったので寄ることにした。車で送っていただいたが、場所は米坂線の羽前小松駅の近く。小松は井上ひさしの出身地。1987年に彼の蔵書7万冊が寄贈されて生まれたもので、遅筆で有名だったので遅筆堂と名付けられた。残念ながら井上ひさしさんは昨年春亡くなられたが、現在は寄贈本が20万冊に及び、川西町図書館、劇場と一緒になったフレンドリープラザという立派な建物に。井上蔵書の第1号は小学5年生の時に自分で手に入れた『どんぐりと山猫』(昭和21年中央公論社)とか。ユニークなのは本の樹。吹き抜けの高い天井近くまで円柱の本棚がいくつかあって、ここには読者が読み終えた井上本が寄贈され、次の読者へと読みつがれる仕組み。生原稿や愛用の万年筆や眼鏡なども展示されている。両脇に円柱が立ち並ぶエントランスも素敵。こまつ座の「十一ぴきのネコ」は東京公演のあとここで開催される。Img001_566x800

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2011年11月 8日 (火)

津村節子著 『紅梅』 を読む

2006年に亡くなった夫の吉村昭に「自分のことを3年間は書くな」といわれていた、と津村さんは文藝春秋9月臨時増刊号の特集「吉村昭が伝えたかったこと」のインタビューで打ち明けている。その夫について書いた作品。やはり書かずにはいられないのが作家の業なのか。作家夫婦ということで何かと話題にされたお二人だが、吉村さんは妻が同業の作家であるという意識をもたなかったという。そして津村さんの作品をまったく読まなかったという。夫婦生活が円満につづいた理由かもしれない。実際『紅梅』を読んでも、夫に対する津村さんがごく普通の妻であることに驚きを禁じ得ない。妻らしきことが十分できなかったことを悔やむところなど、ほんと女性のごく普通の感覚だ。それを飾らずに淡々と書くところがすごいのだが。夫が癌になり、病魔と闘った最後に「もう、死ぬ」と、みずから身体に固定された管を引き抜いた。その死の間際に「あなたは、世界最高の作家よ!」と叫んだ妻。素敵なご夫婦である。

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