2020年9月 8日 (火)

ペット供養の御幣をいただく

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オリジナル御幣作家・川副秀樹さんの作品。御幣にはもちろん厄除開運や縁結び、家内安全、合格祈願などの種類があるが、私が猫好きということで、ペット供養・犬猫神の御幣をいただいた。「ヒョロヒョロと出ている知々理(ちぢり)は動物の毛を表現し」ているという。ひとつひとつ丁寧な手作りでお祓いもしていただいてある。川副さんは何足ものわらじを履いている人だが、日本の神仏や庶民信仰などの研究が中心でたくさんの著書を出版されているし、デザイナーでもあることから、こうした作品が生まれたのだろう。

7月末にコトンが死んだので、その供養に、そして残っている猫たちの健康長寿を祈ることにします。

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2020年8月29日 (土)

縁切り榎

4月に旧中山道の巣鴨から板橋宿の縁切り榎までを江戸楽会で歩く予定だったが、コロナで7月に延期、そして7月も再度延期となって、いま宙ぶらりんの状態だ。私は今回幹事役だったので、下調べに2回ほど歩いた。中山道は東海道と同様に江戸と京都・大坂を結ぶ重要な往還だが、海道が海や川の気象変化に左右されやすいのに比べて、中山道は木曽路などの険しい山道だが、日程に狂いが生じにくく多くの人に利用されたという。

ゴールとした「縁切り榎」は板橋宿でいまも人気のスポットで、絵馬が所狭しと下がっていた。そこに書かれてある文面を読むとスゴイ!!

川副秀樹さんの著書『東京の「年輪」発掘散歩』には、次のようにある。「本来榎は縁の木に通じ縁結びの木とされたが、なぜ縁切りになったかには諸説。飯盛女が馴染み客との良縁または馴染まぬ客との縁切りの両方を祈願したが、いつの間にか縁切りが突出。榎の皮を煎じて相手に飲ませると成就するといわれるようになる。皇女和宮の輿入れ時はこの木が婚礼の行列から全く見えないように根元から葉先まで菰(こも)をかぶせたという実話が残る。遠回りしたという説は有栖川宮親王家の第六皇女楽宮(さざのみや)のこと。」

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2020年8月18日 (火)

ヤモリとイモリ

ヤモリがガラス窓の外側に張り付いていた。トイレの窓などでときどき見かける。ヤモリは家守で家を守ってくれるというので、縁起がいいらしい。吸盤が可愛い。

ところでヤモリとイモリのちがいがよくわからない。ネット検索したら、ヤモリは爬虫類で肺呼吸、イモリは両生類で皮膚呼吸、見た目の違いはお腹が赤いのがイモリ(井守)だそう。以前、我が家の猫がヤモリの尻尾を噛み切ったようで、切断された尻尾がしばらく動いていたことがあった。これは敵を欺くためとか。その間に本体が逃げおおせるらしい。

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2020年8月 8日 (土)

コロナ後の世界

文藝春秋7月号の特集は「コロナ後の世界」だった。そのなかにマイクロソフトの創始者ビル・ゲイツが4月にイギリスの「エコノミスト」誌に掲載した文の邦訳があった。タイトルは「ワクチンなしに日常はもどらない -ワクチン開発のためなら数千億円を無駄にしてもかまわないー」というもの。

氏は新型感染症のリスクについて長年警鐘を鳴らしてきて、すでに十数年前に「今後数十年で1000万人以上が死ぬとすれば戦争ではなく、ウイルスで、いま世界は密接に結びついているので、世界中の大都市に瞬く間に感染が拡がる」と予言していた。そして氏は20年以上にわたってウイルス対策に取り組んできたが、このすべての力をこの度の新型コロナ対策に投じると表明。なかでもワクチン開発に注力し、開発の時間を短縮するために、期待される7種類のワクチン開発への投資を決断、もし選抜から漏れたワクチン候補に費やされる数十億ドル(数千億円)が無駄になっても感染症が収束し、経済活動が戻るなら理にかなっているとしている。

そして最後に、2021年からの数年間は1945年以降と似通ったものになるかもしれない。今の状況は19421110日、イギリスが地上戦の初勝利を収めた際、ウィンストン・チャーチルが演説で言い放った言葉「今は終わりではない。これは終わりの始まりですらない。しかし始まりの終わりかもしれない」と締めくくっている。

やはり世界を動かす人の先見性と決断は違うと改めて感心した。

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2020年8月 1日 (土)

コトンが死んだ

7月28日早朝、痙攣を起こすようになった。いよいよ最期だなと覚悟した。コトン、と耳元で呼びかけると律義に口を開けて答える。耳は確かだ。そして7時20分、後ろ足を大きく伸ばして息絶えた。ようやく楽になっただろう。暑い時期なのでその日のうちにお寺に運んだ。段ボールにタオルを敷いて保冷剤をあちこちに入れて、それでもお寺で重さを量ったら2.5キロしかなかった。

最期の頃は夜だけおしめをしていたが、日中はおしっこの時間をメモして3時間おきくらいにトイレに連れて行ったが、忘れているとあちこちに垂れ流しで、しょっちゅうクッションを洗ったり、床をふいたりで大変だった。一度にたくさん食べられないので、鳥のように起きているときは食べ物を催促した。最後の晩餐は好物のマグロのお刺身を食べた。決して外に行きたいといわなかったのに、死の2、3日前から外に出たがり、あちこち昔の場所を確かめているようだった。今思うと死に場所をどうするかかんがえていたのかもしれない。

歌人の穂村弘さんのエッセイ「野良猫を尊敬した日」を読んだら、「猫は何一つ所有することなく一生を過ごす。じつにもの凄い存在なのだ。一瞬一瞬をただ全身で生きている。命の塊なのだ」とあって、猫への尊敬度がますます高まった。コトン、あちらでも今まで通り、我が道を行ってね。

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2020年7月21日 (火)

深井隆―物語の庭ー

展覧会は久しぶり。会期が終わる間際に観た。コロナのせいもあってか、貸し切り状態。ゆっくり、しずかに物語の庭を楽しんだ。樟に金箔や銀箔など。木はいい。椅子は「逃れゆく思念―旅の記憶」、あとのふたつは「月の庭ー月に座す」。板橋区立美術館で。

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2020年7月20日 (月)

アマビエ

2020年もとっくに半分以上が過ぎたのに、ブログの冬眠が長すぎました。1年間投稿がないと新しく書き込めなくなるとの知らせがきて、少し慌てて書き込んでます。冬眠はコロナのせいにしておきます。

久里洋二さんから疫病退散のアマビエの絵をいただきました。

 発掘散歩隊に加わって滝の川から巣鴨までウォーキングしたときに、王子駅のコンビニにアマビエ煎餅があるらしいとの情報に、わざわざ立ち寄って買った人からいただいた1枚。コロナさん、早く退散してほしい。

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2019年12月 3日 (火)

スリランカの旅9(終)

・ナンバーイレブン

11月3日、いよいよ旅の最終日。コロンボの閑静な住宅地にあるバワの自宅兼事務所として使っていたナンバーイレブンを見学。町家のように入口が狭く、奥へ4軒繋げていった家。入口を入るとクラシックなロールスロイス。ここも外部との関係がうまくできていて、坪庭もある。バワが終生身近に置いていたものがそこかしこのあり、バワの息遣いが感じられる。屋上へと続く真っ白な壁と階段。上階には別荘のルヌガンガガーデンと同様、宿泊できるとのこと、泊まってみたい。

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・パラダイスロード・ギャラリーカフェなど

アルピコスーパーマーケットで買い物。残ったスリランカルピーで細かい買い物。ホテルに戻り荷造り。チェックアウト。お昼はパラダイスロードギャラリーカフェで。ここもしゃれている。雨と雷で、囲まれた水の空間に雨がしたたり落ちる。夜中のフライトなので、時間がたっぷりある。ゆっくり食事。そのあと、シーママラヤ寺院などをみて、ジェットウィングビーチで夕食。素敵なぜいたくなホテルばかりに泊まることができた。午前1時20分のTG308便でバンコク経由成田へ。おわり。

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2019年11月25日 (月)

スリランカの旅8

●ヌルガンガガーデンツアー

ベントタに移動。今日は一日バワディ。まずバワが週末に過ごした別荘の見学。「Lunu(塩)ganga(川)と名付けたのが、バワ29歳の時。弁護士だったバワはここに理想郷を造ろうと取り掛かるが、建築の勉強をするように勧められ33歳で英国へ。建築家になったのは38歳の時だった。ここはバワの原点であり、創作の場だった。」とカミヤさんの情報誌にある。朝昼晩とそれぞれ食事をする場所があり、庭園のお気に入りの場所で憩い、用事があるときは鐘を鳴らした。バワが好んだプルメリアの木があちこちにあり、枝に重りを付けて盆栽のように気に入った形を作ったという。ああ、何と気持ちの良い空間、ここは宿泊もできるとか。ぜひ泊まってみたい。ただし夜は星空か闇があるだけ。

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●パラダイスロードヴィラ

お昼はパラダイスロードヴィラで食事。ここもバワのセンスが溢れている。どこを切り取っても絵になる。

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●ホテルブルーウォーター

午後はワッドゥワルに移動。ホテルブルーウォーターを見学。バワの最後の建築。ヤシの木と水と建物。夕陽が水のスペースの奥まで差し込んだらきっと幻想的だろう。客室を特別に見せてもらった。ごくシンプル。

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●ヌガガマ

コロンボに移動して、ジェットウィングコロンボセブンにチェックイン。夜はシナモングランドコロンボホテルの中にある「ヌガガマ」で食事。スリランカの伝統的なカレーを全部食べられるというくらい種類が多く、有名なお店らしい。残念ながら雨のため、外のスペースでの食事ができず、急遽無味乾燥な部屋にセッティングしてもらったので、雰囲気がよくなかった。シナモングランドコロンボは4月21日の同時爆発テロに見舞われたところ。

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スリランカの旅7

今日から11月。だけどここゴールは真夏。さらにお天気にもなって、日差しが強い。汗をかく。初めてサングラスを着用。「ゴールは14世紀にアラビア商人たちの貿易地として繁栄、15世紀に明の鄭和が来航、16世紀にポルトガルが要塞を築き、17世紀にオランダ東インド会社が要塞を拡張して街を形成、そして18世紀にイギリスが支配する」と、カミヤさんからいただいた情報誌にある。複雑な歴史を持つ。要塞からの眺めがよい。上り坂の途中に蛇使いがいて、ちらっとコブラを見てしまった。

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旧市街を散歩。宝石店が多い。ランチはカニ、イカ、マグロなどの海鮮トレイ。中国人観光客がわんさといる。

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